文学研究科長 添田晴雄

 文学研究科では、2020年8月に学部・研究科挙げての森之宮キャンパス進出を最終決定して以来、新大学基本構想や森之宮キャンパス基本計画の策定もふまえて、研究科が新大学及び森之宮で展開すべき「新機軸」案と、それに関連した都市文化研究センター(UCRC)の再編案を検討してきた。
 特に、2021年度には、こうした「新機軸」の具体化を目指す研究科プロジェクト推進研究を研究科内で公募し、複数のプロジェクトが進められた。この特設サイトでは、こうしたプロジェクトのうち、特に進展が著しい2つのプロジェクトの概要と現時点での成果を紹介・発信するとともに、今後、さらに研究科が成果を蓄積し社会に発信していくべき「新機軸」の方向性を探るステップとしたい。
 文学研究科は、2025年度の森之宮キャンパス発足に際して、学部・大学院教育と研究機能のすべてをワンストップ化した形で移転・進出する。森之宮キャンパスでは、新大学が掲げる総合知を体系化する看板学部・研究科として、その教育・研究活動をリードする予定である。森之宮進出にあわせて、教育・研究・社会発信に関わる多彩な「新機軸」を展開するとともに、現在の都市文化研究センターをリニューアルする形で、新たなセンターを立ち上げる。
 このページでは、新センター構想を中心として文学研究科の「新機軸」を紹介するとともに、その具体化の代表例としてこのサイトで紹介する大阪・上方の歴史・文化研究拠点構築のための2つのプロジェクトの位置づけも明らかにする。

1.新センターのコンセプト

 森之宮キャンパスに構築する新センターでは、以下のようなコンセプトを掲げたい。

①多様な市民との共同 大学内外の人々に向けた開放的性格
 「世界・アジアに開かれた多様性ある大阪」をキーワードに、内外の市民と連携した各種の取り組みを展開する。

②森之宮の立地も含めた都市大阪という地域性との接続・連携
 大阪府市の各種機関と連携し、地域調査・フィールドワークなどによって都市シンクタンク機能を担うとともに、森之宮地区のまちづくりやスマートユニバーシティ構想に貢献する。データマネイジメント機能を通じて、行政や府市民に意義のある情報・データの収集と分析・公開を進めるほか、これらを院生・学生の教育とも連動させる。

③国際性・異分野融合性のある共同研究活動の展開
 各種の国際共同研究プロジェクトで蓄積されたグローバルネットワークを活かし、海外の連携機関との共同研究を継続・発展させ、研究科内外の学際的・異分野融合的な共同・交流や若手人材育成などともリンクさせる。

④学部・研究科の高度な教育や多彩な人材育成とのリンク
 大学院大学としての実績を維持し、高度な研究・教育を展開し、国際交流や市民連携と教育・若手研究者支援などの人材育成、さらには社会人を対象としたリカレント教育も多彩に展開する。

 以上は、文学部・文学研究科が2002年のCOE採択以来、蓄積してきた成果を継承しつつ、2016年度に初開催したオープンファカルティ「文学部の逆襲」以来の取り組みの延長線上に位置づけられるものである。

2.新センターが担うべき機能

 上記のコンセプトをふまえ、複合的な機能・領域を包括する新センターを構想したい。新センターは、4つの機能を、意識的に連動させながら、各種のプロジェクトを展開する。

①国際的・学際的(異分野融合的)共同研究機能
 研究科内・学内外・海外連携先などとの共同研究を推進し、コーディネートや新たな関連付けの機能を担う。
 JSPS育成事業「周縁的社会集団と近代」(2017-19年度)の後継組織である「周縁的社会集団国際共同研究プラットフォーム」の運営を継続するほか、EU圏・アジア圏の研究組織との連携や、情報学研究科・生活科学研究科・国際基幹教育機構などの学内研究組織との連携も進める。

②人文学・人間行動学データリサーチ機能
 「デジタル人文学」「人間行動リサーチ」をキーワードとして、人文学系・人間行動学系の歴史・文字資料、社会調査、実験、フィールドワークなど、各リサーチデータを収集・分析し、大阪府市の都市シンクタンク機能の一端を担うとともに、各種のプロジェクトによって蓄積されたデータ分析の成果を発信する。具体的には、文学研究科の各研究室、UCRCが旧来、蓄積してきた各種のデータのほか、「大阪の歴史・文化・史料情報データベース」、「都市・大阪における文化資源・社会調査データ・アーカイブ Inspired」など、高度で唯一性の高い研究データアーカイブを提供し、デジタル・ヒューマニティーズなど、内外の多様な社会的要請に応える。

③若手研究者育成・人材開発機能
 現在のUCRC研究員制度を引き継ぎ、都市・文化・言語・社会などに関する研究者育成と人材開発を担う。 本部門には、文学研究科が進めてきた「国際的に活躍する若手研究者育成のための多言語・国際発信力強化プログラム」の取り組みを統合し、①との連携をさらに緊密化する。

④市民連携・普及機能
 高度で多彩な研究成果を広く市民社会に普及し、研究成果を「市民知」の視点から捉え直す機能を担う。 これまで文学研究科がUCRCとは別の事業として進めてきた「上方文化講座」「文化人材育成プログラム」「公大授業」などの事業も、異分野融合的性格や、より積極的なリカレント教育推進の観点から統合したい。

3.多彩な研究拠点の構築を目ざして

 新センターは、文学研究科が擁する多彩な専攻・専修の強みを活かしながら、いくつもの研究・教育・社会的発信に関わる拠点を新たに構築する。当面、以下のような取り組みが想定され、始動あるいは準備が進められている。

取組み事例

事例1 講談本コレクションの調査・研究と活用

𠮷沢英明氏寄贈・講談本コレクションの調査・研究事業

・明治・大正・昭和戦前期の講談本(筆記本やネタ本)の日本随一のコレクションである𠮷沢英明氏のコレクション約1万冊を含めた多彩な大衆芸能資料を文学研究科が寄贈受け入れ

・600箱以上に及ぶ資料類の目録作成を進め、研究科の特設サイトで調査成果と大衆芸能資料のデジタルコンテンツを配信中(随時更新)

コレクションの大部分は、森之宮キャンパスのライブラリー準貴重書庫に配架し、広く内外の研究者に(一部は市民にも)公開する予定

事例2 都市大阪の歴史資料の調査・研究と活用

杉本図書館所蔵の大阪地域歴史資料の調査・研究と公開事業

・杉本図書館が所蔵する近世~近代の古文書(こもんじょ)類を調査・整理し、目録データやデジタルコンテンツを公開する

・大阪府・市の歴史博物館・資料館などとも連携し、大阪の歴史・文化研究のハブ的拠点としての役割を果たしていく

・現在、古文書類の目録作成とデータ化を進め、研究科特設サイトでその成果の一部を配信中(随時更新)。古文書類の一部は森之宮キャンパス11階古文書室などに配架、内外の研究者に閲覧・提供

事例3 人間行動学×情報

〇 情報処理・データ解析教育

人間行動学全学生が履修する 「人間行動学データ解析法」で情報処理・データ解析教育

〇 オンライン行動実験・ウェブ社会調査の実施による社会課題の分析

・大阪都市圏住民を対象とした大規模ウェブ調査やオンライン実験の実装とSDGsなど社会課題の分析を行う

・ウェブスクレイピングによるSNSなどソーシャルメディアデータの分析、GIS(地理情報システム)による社会課題の分析と課題解決の提案

ICTをもちいた現地調査と市民協働

 ICTをフィールドワーク、インタビュー調査など現地調査にもちいて大阪の市民協働、学校教育連携や調査活動に実装、成果の発信と社会課題の解決につなげる

事例4 国際共同研究・国際交流

〇 「周縁的社会集団」国際共同研究プラットフォームの活動

・アジアと日本の近代化を、周縁的な人々の視点から照射する比較史研究。米国・シンガポール・中国の研究機関との双方向・多角的共同事業

〇 大阪コリアン研究プラットフォームの活動

 「東洋のシカゴ」と呼ばれた多文化国際都市大阪の歴史を踏まえた、研究と現場の活動のシナジー効果を作り出すイノベーションの場を構築

〇 学び合いによる国際交流と教育実践

 外国語教育研究フランスのトゥール大学と提携
日仏接続のオンライン双方向授業と日本での教育実習から学生・院生・教員間のインタラクション人的交流を推進する

事例5 文化構想学と社会実装

〇 学生の主体的活動を通じた地域文化振興への貢献

・「街の賑わい創造アイデアコンテスト」等への参加を通じ、地域での文化活用の方策についてJR西日本や地元商店街組合に提言

〇 大阪文化ガイドプラス講座の実施

大阪の歴史・文化・観光に関する科目を市民に開放。少人数教育を通じて、文学部の知を広く市民に開放するだけにとどまらず、地域におけるボランティア活動の担い手たちの交流拠点としての役割を担う

〇 市民と専門家の協働による音楽ワークショップの活動

・障がい児・者を含む様々な人々や団体と音楽づくり・歌づくりを実践

⇒以上は、あくまでも2022年4月時点での取り組み事例であるが、文学研究科の多彩な学問分野を活かして、今後、逐次、新たなプロジェクトを組織して、森之宮キャンパス進出時には、センターの顔となるべき3~4つほどの中長期的なプロジェクトを構築する予定である。また、センターでは随時、若手研究者の共同による提案なども募りながら、短期的な各種の野心的なプロジェクトも展開する。

4.2021年度における研究科プロジェクトの推進 ― 2プロジェクトの紹介

1) 「芸能文化資料の基礎整備と研究活用―上方文化の研究拠点形成をめざして」(奥野久美子氏)
 本プロジェクトは、2021年度に研究科が寄贈を受けた近代大衆芸能文化に関わる一大資料群である𠮷沢英明コレクションの調査・研究を進めるものである(詳細はこちらを参照)。
 本学に搬入・寄贈された資料は、講談関係だけでも、明治・大正・昭和期の講談本約1万冊を含むほか、明治~昭和戦前期の演芸・芸能関係のチラシやポスター、舞台プログラムや雑誌も多数あり、芸能文化研究に資する一大コレクションである。散逸させず一括収蔵しただけでも、学術上も社会的にも、きわめて有益である。
 現在、数年かけて全資料の目録作成を行うための準備作業を進めており、一部資料のデジタル化・公開の試行を開始すべく、その対象資料や具体的方法などを検討している。
 本プロジェクトでは、調査・研究対象である𠮷沢英明氏のコレクションが、講談本1万冊以上を含め、明治・大正・昭和の大衆芸能に関わる傑出したコレクションであることが明確になった。

2) 「大学所蔵の歴史資料を基盤とした大阪の歴史・文化研究拠点構築」(仁木宏氏・岸本直文氏)
 本プロジェクトは、大学史資料室や新大学博物館準備事業とも連携して、杉本図書館(旧大阪市立大学学情センター)が所蔵する近世~近現代の古文書類の整理・デジタル化・調査・研究・活用を進めるものである(詳細はこちらを参照)。
 2021年度の調査よって対象古文書群には、近世~近代大阪の郡村部・都市部の史料が豊富に含まれることが確認された。現在、目録があるが未入力である古文書類の目録データ入力や、新規の古文書整理と目録作成、あるいは古文書類の部分的な撮影・デジタル化を進めている。また、日本史学教室が所蔵する「吉野五運」関係古文書についても研究科が森之宮キャンパスで計画している市民向け古文書講座などでの目玉の一つとなりえよう。
 両プロジェクトとも、(1)調査・収集等の成果を部分的にデジタルデータ化しサンプル公開する具体的可能性が出てきているほか、(2)調査・収集等の成果を公表する研究会やイベント等も順次、開催が可能である。そうしたイベントについては、本サイトでも発信していく予定である。

5.新センター構想実現に向けて

 文学研究科では、上記の「新機軸」案・新センター構想案の実現に向けて、新大学発足の2022年度から24年度にかけて、引き続き、各種のプロジェクトを推進し、成果を蓄積し、本サイトで発信していく。
 あわせて、現在、申請中の学内競争的研究資金である「戦略的研究・重点研究・拠点形成型」が採択されれば、大阪・上方の歴史・文化研究拠点構築事業は飛躍的に進展することが期待される。同事業の成果を蓄積・発信するだけでなく、2022年度以降の文学研究科プロジェクト推進研究なども活用しながら、人間行動学分野・言語文化学分野・文化構想学分野などにおける新たなセクション(研究拠点)の形成も具体化を進める予定である。

 当面のスケジュールは以下の通りである。
・2022年4月 本特設サイト開設、文学研究科「新機軸」案・新センター構想案の概要を公表。
・2022年6月 2022年度研究科プロジェクト推進研究採択、新たなプロジェクトの開始
・2023年3月 2022年度研究科プロジェクトなどの成果の中間総括
・2024年6月 2023年度研究科プロジェクト推進研究採択
・2025年3月 2023年度までの研究科プロジェクトなどの成果の総括
・2025年4月 文学研究科、森之宮キャンパスに進出、新センターの構築・開設

■ KEY WORD集

①都市文化研究センター(Urban-Culture Research Center)(詳細はこちらを参照)
 本プロジェクトは、大学史資料室や新大学博物館準備事業とも連携して、杉本図書館(旧大阪市立大学学情センター)が所蔵する近世~近現代の古文書類の整理・デジタル化・調査・研究・活用を進めるものである(詳細はこちらを参照)。
 2021年度の調査よって対象古文書群には、近世~近代大阪の郡村部・都市部の史料が豊富に含まれることが確認された。現在、目録があるが未入力である古文書類の目録データ入力や、新規の古文書整理と目録作成、あるいは古文書類の部分的な撮影・デジタル化を進めている。また、日本史学教室が所蔵する「吉野五運」関係古文書についても研究科が森之宮キャンパスで計画している市民向け古文書講座などでの目玉の一つとなりえよう。
 両プロジェクトとも、(1)調査・収集等の成果を部分的にデジタルデータ化しサンプル公開する具体的可能性が出てきているほか、(2)調査・収集等の成果を公表する研究会やイベント等も順次、開催が可能である。そうしたイベントについては、本サイトでも発信していく予定である。

②インターナショナルスクール(International School)(詳細はこちらを参照)
 文部科学省大学院教育改革支援プログラム「国際発進力育成インターナショナルスクール」(2007〜08年度)や、JSPS「若手研究者等海外派遣プログラム」(2010〜13年度)等の外部資金獲得を通じて、文学研究科が進めてきた、大学院生を含む若手研究者の国際的な研究成果発信の支援事業。従来は、基礎・実践にわたる英語によるライティングやプレゼンテーションのセミナーにくわえ若手研究者海外渡航事業を行ってきたが、現在、交付を受けている教育推進本部経費による事業では、研究科に在籍する外国人留学生の日本語による研究成果発信支援のための「プルーフリーディング(日本語校閲支援)事業」をもう一つの柱として追加し、多角的な多言語発信支援を進めている。4~5名程度の研究科教員による運営委員会とアルバイト1名が運営を担っている。

③「上方文化講座」(詳細はこちらを参照)
 2004年度に開設された文学部の特別授業科目。大阪の地に歴史的に育まれた文化、わけても伝統芸能「文楽」に光をあて、学問的体系のもとに学ぼうとするもの。文楽界の第一線を担う浄瑠璃太夫、三味線弾き、人形遣いを客員教授として招へいし、文学研究科教員(国文学だけでなく日本史や表現文化学、中国文学など)とのコラボにより授業を構成している。文学部の正規の授業科目として学生が履修するだけでなく、一般市民にも開放した講座として実施されており、全国から多くのリピーターを含む市民が毎年、多数、受講している。
 公立大学文学部に相応しく、教育・研究・社会貢献の三者が一体となった事業であり、よくある公開講座の類とは一線を画したものとして高く評価され、講座の内容をまとめたシリーズ本も3冊刊行されている。
 研究科の専任教員4~5名で構成する上方文化講座企画委員会が院生・学生の協力も得て運営している。

④「大阪文化ガイド+(プラス)講座」(大阪文化人材育成プログラム)(詳細はこちらを参照)
 社会人など本学の学生以外の受講者を対象として、地域文化を担う人材を養成する「大阪文化人材育成プログラム」の一環として2015年度から文学部が開設した特別講座。修了者には、本学の履修証明書を交付している。「大阪文化ガイド+講座」は、大阪で地域ボランティアに携わっている市民の大阪文化に対する理解の深化と発信能力の向上とを目的として開設したもので、大阪文化を体感できる実践演習形式の授業を中心に、インバウンドに向けた英語発信のための英語学習も行っている。
 研究科の専任教員4~5名で構成する運営委員会が運営を行っている。