倫理学概論 I 第7回
究極的原理はどのようなものか①

●再び、実践的三段論法について──目的と手段
 前回および前々回に紹介した実践的三段論法は、小前提の主語になることがらが、大前提の主語となることがらの一種である(大前提の主語となることがらの集合の要素である)ようなタイプのものでした。

 行為Aをすべきだ[することはよい](大前提:規範命題)
 行為aは行為A[の一種]である(小前提:事実命題)
∴行為aをすべきだ[することはよい](結論:規範命題)

このタイプの実践的三段論法では、小前提の主語(小名辞:行為a)が、大前提の主語(媒名辞:行為A)の一種(「行為A」という集合の一要素)になっています。

 ところで、今回取り上げるのは、小前提が《ある行為(かりにbと呼びます)がある結果(かりにXと呼びます)をもたらす》という事実を示し、大前提が《結果Xがよい》という規範を示す、というタイプの実践的三段論法です。
 これは「結果のよさが、その結果をもたらす行為のよさを根拠づける」(ないしは「結果のわるさが、その結果をもたらす行為のわるさを根拠づける」)という形式になっています。
 意図された結果は「目的」、目的をもたらす行為は「手段」「方法」と呼ばれますので、この実践的三段論法は「目的が手段を正当化する」タイプの実践的三段論法です。
 また、「結果」のことを学術用語的に「帰結」と呼ぶこともあります。なお、ここで扱っているのは目的として追求されることがらであり、意図せずに(偶発的に)生じた結果や帰結ではありません。

  結果Xはよい(または、結果Xはわるい)(大前提)
  行為bは結果Xをもたらす[行為bをすると結果Xが生じる](小前提)
 ∴行為b[をすること]はよい(または、行為b[をすること]はわるい)(結論)

 このタイプの実践的三段論法では、小前提の主語(小名辞:行為b)が大前提の主語(媒名辞:結果[帰結、目的]X)をもたらす(行為bを行うと、Xという結果が生じる。すなわち、小前提が真である)ならば、結果[帰結、目的]Xのよしあしに従って行為bのよしあしが決まります。
 また、通常[することが]よい行為はすべき行為であり、[することが]わるい行為はすべきでない行為とされるので、結論が「[することが]よい/わるい」ではなく「すべき/すべきでない(してはならない)」と表現されることもあります。

いくつか例を挙げてみましょう。

  健康はよい
  スポーツをすると健康になる
 ∴スポーツをするのはよい

  飛行機が墜落するのは悲惨[な結果]だ
  電波を発する電子機器を離着陸時に用いると飛行機が墜落しかねない
 ∴電波を発する電子機器を離着陸時に用いてはならない[=悲惨な結果を招いてはならない]

  バイク事故の際の頭部外傷を防ぐべきだ
  ヘルメットをかぶればバイク事故の際の頭部外傷を防ぐ
 ∴[バイクに乗るときには]ヘルメットをかぶるべきだ

  人の命が救われるのはよい
  脳内出血の治療により人の命が救われる
 ∴脳内出血の治療はよい

★このタイプの実践的三段論法は、Xという結果[帰結、目的]はすべてよい、bという行為は必ずXをもたらす、ゆえにbという行為はすべてよい、という形になっています。すなわち、「行為b」が小名辞(S)、「よい」が大名辞(P)で、「結果[帰結、目的]Xをもたらす」が媒名辞(M)である、と考えれば
  すべてのMはPである
  すべてのSはMである
 ∴すべてのSはPである
となり、第5回で紹介した「行為Aをすべきだ[することはよい]、行為aは行為A[の一種]である、ゆえに行為aをすべきだ[することはよい]」という実践的三段論法と、論理学的には同じ形式の三段論法(第1格第1式)になっていることがわかります。

 このタイプの実践的三段論法の大前提と小前提を見出す作業としても、適切な媒名辞を見出すことがポイントになります。ただ、この場合は、小名辞が媒名辞をもたらす行為であるといえるような媒名辞を探すことになります。すなわち、具体的手順としては、前々回に述べた方法にならって、

(1) 正当化しようとする結論を書く
(2) その結論に含まれている小名辞と大名辞を、それぞれ小前提と大前提に割り振って、結論の下に書く
(3) 小前提と大前提に共通に含まれうる媒名辞として適切な言葉を探す。その際、媒名辞を結果として、小名辞(である行為)が媒名辞(の結果)をもたらし、なおかつ媒名辞を主語とし大名辞を述語とする規範命題(大前提)が正しくなるようにする

とすれば、正しく分析できたことになります。
 たとえば、媒名辞を「Y」とすると、

結論:脳内出血の治療はよい
小前提:脳内出血の治療によりYという結果が生じる
大前提:Yはよい

としておいて、脳内出血の治療(小名辞)によりYという結果が生じ、なおかつ「Yはよい」が正しくなるようなYを探します。そして「Y=人の命が救われる」という解を得るわけです。
 ここで「人の命が救われるのがよいといえるのはなぜか?」と再び問うなら、得られた大前提を結論として、さらにその前提をさかのぼることになります。たとえば、

脳内出血の治療はよい(結論)……なぜ?
脳内出血の治療で人の命が救われる(小前提)
人の命が救われるのはよい(大前提)……なぜ?(結論)
 人の命が救われると人々が幸せになる(小前提)
 人々が幸せになるのはよい(大前提)……なぜ?(結論)
  人々が幸せになるのはよいことだ(小前提)
  よいことはよい(大前提)……分析終わり

こうしてさかのぼっていくときには、大名辞(「よい」)は変わらずにずっと用いられていくことになります。


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