倫理学概論 II 第2回
決疑論(事例に基づくアプローチ)〜発見の方法

●[臨床]倫理相談([臨床]倫理コンサルテーション、ethics consultation)
 現場の専門職(医療では医師、看護師、コメディカルスタッフなど)が、難しい事例に直面して、どうしたらいいのか分からない、どうすべきか迷っている、という場合に、話を聞き、どうしたらいいのか、どうすべきかをどのように考えたらいいのか、共に考え、手がかりを探す

倫理相談の一つの方法:「臨床倫理学」
●A. R. Jonsen, M. Siegler, & W. J. Winslade, Clinical Ethics, 7th edition, McGraw-Hill, 2010
(赤林朗・大井玄監訳『臨床倫理学』新興医学出版社、1997[第3版の訳]、2006[第5版の訳]。以下、引用は訳書1997年版による)

臨床倫理学:医療における、倫理的判断の難しい事例(case。症例)に関して、何をどうすべきなのか、判断するための方法を示す
「意思決定のための体系化されたアプローチを提供する実践的な学問」(p.1)
「このアプローチは[、]医師が臨床医学において倫理上の問題をあきらかにし、分析・解決することを[、]助けることができる」(同上)

「問題点を議論するにはロジックがあって、定義、基準になる事実と論点、そしてしばしばのべられる反論をよく知っていなければならない」(p.10)
「このロジックは明確な講義として説く必要はない。というよりも議論に情報を与え、その方向を導くものでなければならない。また議論は、症例についての勧告あるいは助言で終わらなければならない」(同上)
「助言はおそらく原則[principles。倫理学概論Ⅰの用語では「原理」]や理論から演繹した結果得られたものではないだろう。実際の状況を把握すること、症例そのものや症例を検討する中で当然浮かび上がる問題点や格率[maxims。「特定の項目について道徳的に適当なある種の行動様式または態度」(p.9)。倫理学概論Ⅰの用語では「規則」]を理解することから助言が生まれてくる可能性の方が高い」(同上)
「これが臨床倫理学のやり方なのだ。症例と密接に結びつき、抽象的な原則や理論とはゆるやかに結びついている」(同上)

「『臨床倫理学』は、地図あるいはガイドブックとなることを意図されたものである。不慣れな土地で道を教え、目的地への主な道筋を説明するためのものである」(同上)

・「臨床上の決定の倫理的側面を評価するにあたり、臨床家が考慮しなければならない4つの点」(p.2)
(1) 医学的適応[患者の病状と治療の選択肢]
(2) 患者の意向
(3) Quality of Life(QOL。生命[生活、人生]の質)
(4) 社会、経済、法律、行政など患者をめぐる周囲の状況
これらの事実を踏まえた上で、関連する「格率」(規則)を考慮して判断を下す
「特定の症例に固有な事実をまず取り上げて、問題を話し合う中でそのつど用いられる関連のある格率を考慮する。…(中略)…原則[原理]は確かに重要だが、一般にそれらに関連のある格率としてより具体的な形をとる方が理解しやすい」(p.9)

・症例(事例)検討の進め方(p.214ff)

ステップ1(分析)
1) 倫理的な問題で判断に困っているその症例について、できるかぎり情報を収集する
2) 症例検討シートの、「医学的適応」、「患者の意向」、「QOL」、「周囲の状況」のすべてについて、考えられる問題点を全て列挙する

ステップ2(検討)
3) 全ての項目を網羅し全体が見えたところで、本書に紹介されている議論や症例などを参考に、何を優先するべきか、何が最も適切かについて判断を行う

・症例検討シート(p.215)

医学的適応 (Medical Indications)
1. 診断と予後
2. 治療目標の確認
3. 医学の効用とリスク
4. 無益性 (futility)[治療しても患者にとっての利益となる効果が期待できないこと]

患者の意向 (Patient Preferences)
1. 患者の判断能力と対応能力
2. インフォームド・コンセント(コミュニケーションと信頼関係)
3. 治療の拒否
4. 事前の意思表示(リビングウィル)
5. 代理決定(代行判断と最善利益)

QOL (Quality of Life)
1. QOLの定義と評価(身体、心理、社会的側面から)
2. 誰がどのような基準で決めるか
 ・偏見の危険
 ・何が患者にとって最善か
3. QOLに影響を及ぼす因子
4. 生命維持についての意思決定

周囲の状況 (Contextual Features)
1. 家族など他者の利益
2. 守秘義務
3. コスト・経済的側面
4. 希少資源の配分[医療スタッフや機材や医薬品が限られているときにどう配分して使うべきか]
5. 法律
6. 公共の利益
7. 施設の方針、診療形態、研究教育
8. その他のあらゆる問題

●清水哲郎『臨床倫理の考え方と検討の実際』(2009年度冬β版)、臨床倫理検討システム開発プロジェクト (代表・清水哲郎)、東京大学大学院人文社会系研究科、2009年12月4日

「臨床倫理」: 「臨床の現場(医療・介護)で、従事者たちがとっている・またこれからとろうとする行動や姿勢を、倫理的視点から検討する営み」(p.2)
「必要となる場面の中心は、選択・意思決定のプロセス」(同上)
「職種の別を越えて、医療に従事する者たちが共同で行うことが望まれる」(同上)

「臨床倫理学」: 「臨床倫理という営みを、理に適っており、かつ実践的に有効なものにするために、現場の医療者と倫理の理論家が協働して、研究する活動」(同p.3)
「臨床倫理の営みは、個別事例の検討が中心」
「しかし、検討の仕方自体はケース・バイ・ケースであってはまずいでのであって、理に適った、共通のものにすること(=標準化)が可能であるはず」 (同上)

「・(1)医療者(=私)がどういう姿勢で状況に臨んでいるか、と (2)状況をどう把握・理解しているか、に分けて考える。
 ・一般に人の行動は、〈状況に向かう姿勢〉と〈状況把握〉の対から帰結する、と理解できる。
 ・複数の両立しない〈状況に向かう姿勢〉と〈状況把握〉の対が並存することがあり、これが〈ジレンマ〉と呼ばれる事態である」(同p.6)


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