【倫理学概論 I・事例1】

 生後7日目の、在胎週数24週で生まれた低出生体重児(体重650g)。新生児は、出産後すぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれてきた。この病院は低出生体重児の治療及び研究に積極的で、設備やスタッフも整っており、世間や医学界の評価も高い。
 新生児には、出生直後から呼吸状態が悪いため、人工呼吸器が装着されている。生後5日目に重度の脳内出血が発症した。この状態は治療をすれば当面の生存は確実であるが、結果として非常に重い知的障害が残り、他者とコミュニケーションをとるのは困難になる可能性が高い。
 また、超音波検査で心臓奇形が見つかっており、早期に外科的手術を行えば80%以上の確率で治癒することができるが、手術はかなり大がかりなものであり、再手術を要する可能性もある。
 脳内出血の状態は悪化し、今から6時間以内に脳内出血の治療を開始しないと、新生児の生命が危険になると主治医は判断した。だが、母親と父親は「赤ちゃんを治療しないでほしい」と言っている。
 父親は一流商社に勤めており、母親は研究所に勤める生化学者である。共に30代半ばを過ぎ、二人の年収は計2000万円を越える。親戚に障害児を出産した例はなく、両親の親族も治療に反対するであろうと予想される。
 あなたは、両親の反対を押し切っても、主治医は新生児の脳内出血の治療を行うべきと考えるか。それとも主治医は、両親の希望通り治療をしないで、新生児を死にゆかせるべきと考えるか。
 また、なぜ、そうすべきだと考えるのか。

(赤林朗・後藤弘子・土屋貴志・宮坂道夫『生命倫理事例集作成の試み・第1回日本生命倫理学会研究奨励金報告書』日本生命倫理学会、1998年10月、の事例より一部改変)


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