西脇順三郎(1894-1982・明治27年-昭和57年)
昭和57年6月5日歿 88歳 (慈雲院教誉栄順徹道居士) 東京・芝増上寺


旅人は侍てよ/このかすかな泉に/舌を濡らす前に/考へよ人生の旅人/汝もまた岩間からしみ出た/水霊にすぎない/この考へる水も永劫には流れない/永劫の或時にひからびる/ああかけすが鳴いてやかましい/時々この水の中から/花をかざした幻影の人が出る/永遠の生命を求めるは夢/流れ去る生命のせせらぎに/思ひを捨て遂に/永劫の断崖より落ちて/消え失せんと望むはうつつ/さう言ふはこの幻影の河童/村や町へ水から出て遊ぴに来る/浮雲の影に水草ののぴる頃

(旅人かへらず・一)


「あむばるわりあ」のあとがきに書いた彼の言う原始的な人生観。「人間の生命の目的は他の動物や植物と同じく生殖して繁殖する盲目的な無情な運命を示す。人間は土の上で生命を得て土の上て死ぬ〃もの〃である。だが、人間には永遠といふ淋しい気持の無限の世界を感じる力がある。」

昭和57年のこの日、新潟県小千谷市の小千谷総合病院で心不全のため無限の世界へ向かった。



東京タワーを背にした徳川将軍家菩提所、浄土宗大本山増上寺の大殿地下には千六百基の霊廟がある。厨子に入った如来像が迎える冷え冷えとした廟所には香の匂いが漂っている。3区6列2番、白扉を開くと西脇夫妻の位牌と遺影が飾られたシンプルな祭壇が、やわらかな電光に包まれて浮かび上がってきた。

「旅から旅へもどる/土から土へもどる/この壺をこはせば/永劫のかけらとなる/旅は流れ去る」