大阪市立大学大学院文学研究科 大学院研究フォーラム2021開催の概要報告

オンライン開催(セッションB)の様子
オンライン開催(セッションB)の様子

 

 2021年11月27日(土)に「大学院研究フォーラム2021」がオンラインで開催され、本研究科の大学院生16名が、A~Dの4つのセッションに分かれ、自らの研究内容を紹介する趣旨で発表をおこなった。当日は発表者等を含め、延べ119名の参加があった。

 今回の研究フォーラムでは、大阪市大・府大が連携して開始したJST次世代研究者挑戦的研究プログラム「リゾーム型人材育成プログラム」を念頭に、分野の垣根を超えてそれぞれの知が出会い、刺激を生み、新たな知の萌芽と価値を見出す機会になることを目指した。そのため、意識的に分野横断的なセッション構成を試みると同時に、学内外の研究者に協力をあおぎ、コメントや助言をおこなっていただいた。

 日ごろ指導を受けている各専修の教員以外の研究者からコメントや質問を受け、議論を行う中で、発表者自身も気づいていない研究の展開や手法、可能性について示唆が得られ、発表者それぞれの今後の研究の発展に生かされていくことが期待できる。また、分野を横断し、専門学会の発表ともまた異なる視点でのフィードバックを受け、自らの研究の意義を問い直す経験は、各発表者が、これから研究者として自己形成していく上で貴重な機会となるだろう。

 以下に、各セッションの概要について報告する。

 


セッションAの概要

(司会 信國萌、白田由樹 ドイツ語フランス語圏言語文化学)

 セッションAは4つの報告と議論で構成された。

発表者:

西澤 徹臣 (にしざわ てつおみ 哲学M1) 「哲学における自由意志問題―理由応答性説の考察―」

石本 雅之 (いしもと まさゆき 東洋史学M2) 「19世紀終盤から20世紀初頭ロシア帝国のアルメニア・カトリック公認宗教化における公認化プロセスの解明について」

村上 遥香 (むらかみ はるか 西洋史学D1) 「ベトナム人労働者による副業と東ドイツ社会」

王 玲玲(おう れいれい 英語英米文学D2)“Reconstructing black identity–Multiculturalism trap in Toni Morrison’s God Help the Child

コメンテーター:北村 昌史 教授(西洋史学)

 

 哲学専修・西澤氏からは、西洋哲学において古代から続く自由意志の問題について発表があった。ファン・インワーゲンによって提示された「帰結論証」は、決定論が正しいならば自由意志は不可能であるとする論証であり、現代の自由意志論争の大きな課題であるという。これに対して理由応答性説は、たとえ決定論が正しくとも、自らの行為を考慮、選択し、その行為の理由に応答的である限り私たちは自由である、と回答する。しかし、理由応答性説に対しても難点が指摘されるなど、現代の自由意志論争が議論を深めながらも継続中であることが報告された。

 コメンテーターの北村昌史先生(本研究科 西洋史学専修)からは、歴史研究においても、物ごとを決定論的に捉える傾向があり、歴史家としても興味深いという感想が述べられた。また、自由意志問題は古代から続いているとのことだが、決定論や自由意志に対する考え方は時代により異なるのではないか、という指摘があった。

 それについて西澤氏は、指摘の通りであり大まかには古代には目的論や運命論、中世には神学的決定論、近代には因果的決定論のもとで自由意志が問われており、時代により議論の基盤となる世界観は異なっている、との考えを示した。

 

 石本報告では、ロシア帝国のアルメニア・カトリック政策に関する調査報告が発表された。他宗教・宗派に対する政策と同様に、帝国政府内部では様々な省庁や人物が多様な議論を展開し、彼らの政治的バランスにより、アルメニア・カトリックに対する政策が決定されていたことが明らかにされた。

 コメンテーターの北村先生からは、アルメニア・カトリック研究を進める意義について指摘があった。アルメニア・カトリックの事例には、個別に研究されてきたローマ・カトリックの事例とアルメニア使徒教会の事例、またはアルメニア人の事例とグルジア人の事例を比較できる発展性がある。

 また、京都大学の伊藤順二先生から、2つの指摘があった。1つ目の指摘は、帝国がアルメニア・カトリック政策を決める際に、他事例からの経験を活かしたのではないかということだった。報告者は、ワルシャワ総督が参画した例はあるものの、他の事例は見つからず今後の課題である、とした。2つ目の指摘は、アルメニア人の民族意識に関する指摘であった。報告者は、アルメニア・カトリック教徒が使徒教会に接近した理由は、両者に共通した民族意識というよりグルジア・カトリックやローマ・カトリックとの確執が原因であったと応じた。

 

 村上報告では、1980年代の東ドイツに受け入れられたベトナム人労働者による副業活動に関する研究が紹介された。東ドイツの経済状況に呼応した、ベトナム人労働者の自律的な行動に注目した本報告では、国家との関係を中心に東ドイツの外国人労働者を論じてきた従来の研究に対して、東ドイツ社会と外国人労働者の関係という新たな視点が提示された。

 コメンテーターの北村先生からは、ベトナム人労働者が東ドイツでの生活に対してどのような印象を抱いていたのかという質問があった。村上氏は、様々な制限を受けたと東ドイツ社会の抑圧性を主張するベトナム人もいれば、母国ベトナムにおける生活と比較し、「東ドイツは楽園であった」と評価する者もいたと回答した。

 そのほか、参加者からは、ベトナム難民、いわゆる「ボート・ピープル」との関連や、東ドイツに受け入れられた他の外国人労働者(モザンビーク人など)との関連についての質問があった。村上氏は、前者には「ボート・ピープル」は主に西ドイツへと流入しており、東ドイツでは見られなかったと回答し、後者には、他の労働者に比べ、ベトナム人は「真面目」や「勤勉」といった評価を受けていたと回答した。

 

 王玲玲氏の報告では、アフリカ系アメリカ作家として初めてノーベル文学賞を受賞した女性作家Toni Morrisonの小説God Help the Child(2015)における多文化主義のtrap(落とし穴)に関する研究内容が紹介された。本報告では黒人である主人公と周りの人々との衝突に着目しながら、多文化主義がもてはやされた時期のアメリカ社会に潜むトラップについての考察を取り上げた。特に、外見上は黒人の血が入っていることがわからないことから白人社会に同化して生きる母と、自らの黒い肌を否定することなく堂々と生きる娘との軋轢は、白人と黒人との衝突でもあり、または世代間のギャップとしても捉えられる。

 コメンテーターの北村先生からは、発表タイトルにtrapという単語を使った意図についての質問があった。それに対して王氏は、マルチカルチュラリズムの社会においては同じ地域や領土にさまざまな民族の人々が平和に暮らしているはずだが、実際はどうなっているのかということに疑問を持っている。Toni Morrisonの当作品に表れた現代アメリカ社会を考察していくと、マイノリティーから見るアメリカ社会は一見平和に見えるが、落とし穴もある。多文化主義のトラップは、マイノリティーのアイデンティティーが失われる原因にもなったのではないかとの考えを示した。

 

コメンテーター 北村先生の講評

 西澤報告では、人の行為が自由意思によるのか、世界の状態により予め定められているのか(決定論)という、古代以来の哲学上の命題について、20世紀末以来の議論をふまえ考察が試みられた。人や集団のおかれた世界の状態を歴史的に検討したのが、19世紀から20世紀の転換期ロシア帝国のアルメニア・カトリック教徒を取り上げた石本報告、および1980年代東ドイツのベトナム人契約労働者の副業をあつかう村上報告である。それに対して王報告は、ノーベル賞作家Toni MorrisonのGod Help the Child, 2015を丁寧に分析し、主人公が黒人や白人、母や娘といった対立を乗り越え、和解する中で自己の意思を形成していく様子を示している。それぞれの学問の世界の状態を考えさせられた。

 


セッションBの概要

(司会 高橋未来 中国語中国文学)

 セッションBは4つの報告と議論で構成された。

発表者

阿部 大誠 (あべ たいせい 日本史学D3)「弥生時代における鉄器化の過程とその状況―日本海沿岸地域を中心に― 」

兒玉 良平 (こだま りょうへい 日本史学D2)「中世後期南九州地域の武家権力による対外交流と禅宗寺院―遣明船・琉球通交を中心として―」

田 佳(た か 東洋史学D1)「宋代揚州研究の現状と課題」

郭 丹磊 (かく たんれい 言語応用学M2)「心身状態を表すオノマトペに関する中国人日本語学習者の現状分析」

コメンテーター:井上 徹 名誉教授(文学研究科)、大岩本幸次 教授(中国語中国文学)

 

 阿部報告では、弥生時代における日本海沿岸地域の鉄器化について、山陰地域・北近畿地域・北陸地域の3つに分けて検討した。日本海沿岸地域の鉄器化は、山陰地域が比較的早く、弥生時代後期前葉~中葉にはある程度の鉄器が普及したと考えられる。北近畿地域では墳墓からの出土が多く、集落での出土事例は少ないものの、後期中葉~後葉段階で鉄器が増加していくという様相を呈する。そして北陸地域では後期後葉~終末期の段階で出土事例が増加する。これらのことを踏まえ、山陰地域は弥生時代後期後葉段階、北近畿地域は弥生時代後期後葉~終末期段階、北陸地域は弥生時代終末期段階に鉄器化したと推定した。また日本海沿岸地域は鉄器出土量も非常に多く、同時期の近畿地域や瀬戸内地域と比較しても量的に圧倒していることも明らかにした。遠隔地に多量の鉄器がもたらされた要因として、日本海における長距離の交易が挙げられる。鉄器は朝鮮半島から北部九州地域を通り、日本海沿岸部を経て北陸まで到達した。さらに日本海沿岸地域は玉造りが盛行する地域でもあり、玉製品製作のため鉄器を製作・使用したと考えられる。

 

 兒玉報告では、16世紀を中心とした中世後期における、南九州地域の禅宗寺院・禅僧による対外交流への関与を、武家権力の動向と関連させて検討した。まず、15世紀における、島津奥州家領の薩摩・大隅国(現・鹿児島県)、並びに島津豊州家領の日向国(現・宮崎県)南部を対象に、遣明船派遣主体であった大内氏・細川京兆家間の対立の中で、島津奥州家の本拠・鹿児島や、遣明船の経由地であった島津豊州家の拠点港・油津の禅宗寺院・禅僧が、島津奥州家・豊州家と遣明船派遣主体との間で政治工作に従事していたことを明らかにした。次に、16世紀後半から17世紀初頭の南九州地域を対象に、島津本宗家(相州家)による対琉球通交に、鹿児島湾岸の港に近接する禅宗寺院が関与していることを明らかにした。とりわけ、唐船が往来する港であることを理由に寺領を安堵された山川正龍寺のあり方は注目される。以上の検討から、南九州地域の禅宗寺院・禅僧も、先行研究で明らかにされた他地域の禅宗寺院・禅僧と同様に、対外交流における政治的交渉を担っていたことを明らかにした。

 

 田報告では、宋代揚州に関する研究史を整理し、そこから課題を指摘し、最後に史料と研究視角を中心に今後の展望を述べた。これまでの研究では宋代揚州経済と都市という二つの側面を集中的に分析することが多いとまとめることができるが、揚州城内外の人口、空間、景観などの変化、中央はこれらの変化に対してどのような政策調整をしたのか、などの課題は未解明のままであった。揚州に関わる上奏文、記、序、題跋、詩文、書信などを利用しつつ、碑文も補足資料として使用して、空間と広域地域史研究の視点を通じて広域地域が個別の地方都市にどのような影響を及ぼし、どのような空間を出現させたのかを明らかにし、最後に、両宋時代の国家体制の転換と揚州との関係性を捉えていく課題を指摘した。

 

コメンテーター 井上先生の講評

 各自の発表は、研究対象、地域や時代ともに異なり、それぞれが高い専門性に裏付けられたものであるがゆえに、質疑応答では専門的で緻密なやりとりが行われた。それぞれの研究発表は各専門領域の研究に大きく寄与するものであったが、それのみでなく、セッション全体として、東アジア三か国(日本、朝鮮、中国)の間で、技術、特産物、文化、言語をめぐる国際的な交流が行われ、それらが各国の経済的文化的発展にとって刺激となっていることが理解されたことも大きな収穫であった。今後、各専門領域を越えて、国際的な比較研究の方法を更に深化させることが期待される。

 

 郭報告では、中国人日本語学習者による身体的特徴や人の気持ちに関するオノマトペの習得現状を論じた。日本語のオノマトペは数量も種類も豊富に対して、中国語のオノマトペは日本語より少なく、あまり使われていない。それゆえ、中国人の日本語学習者にとって、オノマトペの学習は大切である。本研究では、三省堂が発行する電子版辞典『スーパー大辞林3.0』をもとにして、心身状態のオノマトペに関する35問の選択問題と個人の学習状況を把握するための設問を加えて、アンケートを作成して20人に回答させた。アンケートの結果から分析すると、アニメ、ドラマやCMにおいて見たこと、あるいは日本語能力試験の勉強から、「いらいら、にこにこ、すっきり」のようななじみのあるオノマトペの意味と表す気持ちや感覚をかなり把握していることがわかった。しかし、「しくしく、ごつごつ」のような、こうした勉強であまり触れることがなく、日常生活でもあまり使わないオノマトペの習得はうまく進まなかったことも確認できた。中国語には発音が似ている単語もなく、語源から意味の推測もしにくい。また、対象者は「似ているオノマトペが多くあり、区別がつかない」または「意味と使い方は中国語と違うので、覚えにくいという感じがある」のようなオノマトペ習得の難しさを感じて、「オノマトペの活用や使い方を学びたい」というような希望を持っていることがわかった。

 

コメンテーター 大岩本先生の講評

 古く音声優位であったころ漢語にオノマトペは豊富であり、後に表記優位になると表音的要素は漢語の中で使用頻度が大きく低下する。オノマトペ修得の難しさは直接に意味を読み取れない文中要素に中国人が比較的に慣れていないことも影響しているであろうが、そもそも音に伴うイメージは個人差や言語差もあり、混乱を避ける意味でオノマトペを最初から教えすぎないようにとの教育上の方針が採られる場合もある。今回の発表は、日本語オノマトペを中国人がどのように理解しているかを探る貴重な研究であり、大きな意義を有する一方で、「現状なんらかの理由で理解できているオノマトペはどういうものか」を確認するという方向ではデータが集めにくい可能性がある。今回の発表によれば、オノマトペによって正解率の違いが生じることについては、単に知識としてそれらを知っているか否かに限らず、中国語話者が語感的に納得しやすいものであるかどうかも関わっているとのことであったので、今後の分析においては、「中国人にとって理解しやすいオノマトペとはどういうものか」といった観点から、既知・未知を含めた多くのオノマトペを材料に理解の傾向を探るといったことも、一つの方向性としてあり得ると思われる。

 


セッションCの概要

(司会 辻野けんま 教育学)

 セッションCは4つの報告と議論で構成された。

発表者

朴 洸弘 (ぱく・ぐぁんほん 社会学M2) 「総力戦体制下のナショナル・アイデンティティの形成と動揺―元日本軍人・軍属のオーラル・ヒストリーを中心に―」

市道 寛也 (いちみち ひろや 地理学D1)「モダン都市大阪の場所の記憶と場所の力―大阪市港区を事例に―」

井ノ元ほのか (いのもとほのか 日本史学D1)「近代大阪の病者と救療―1920年代における方面委員の活動を手がかりに―」

藤田 悠以 (ふじた ゆい 教育学D3)「1960年代の日本における家庭教育政策―家庭教育政策の開始と家庭教育学級―」

コメンテーター:安岡 健一 准教授(大阪大学大学院文学研究科)

 

 朴洸弘氏の報告では、旧日本軍人・軍属が体験した思想戦に関する調査報告が発表された。国体思想を根幹とする帝国日本の思想戦がその受け手である個人の内面にどのように作用したのかを考察するために、かつて日本軍や軍需企業に所属していた3人の調査対象者との対面インタビューを行った朴氏は、戦争体験に関する調査対象者たちの語りを紹介しつつ、総力戦体制下の思想戦は個人の意識に影響を及ぼす側面を持つ一方で限界点も含んでいると評価した。

 コメンテーターの安岡健一先生は、①オーラル・ヒストリーに着目した理由を明確に表す必要性、②研究者と調査対象者の相互作用など、特定の語りを引き出した要因について考える必要性などについて指摘した。

 それに対して朴洸弘氏は安岡健一先生の指摘を認めながら、①編集されていない当事者の生々しい声を研究に反映したいという希望からオーラル・ヒストリーを選択したと説明し、②自らも兵役経験者であることで調査対象者により深く共感ができたことを、インタビューに影響を及ぼした相互作用の例として示した。

 

 市道報告では、大阪市港区を事例に、モダン都市大阪の場所の記憶と場所の力が生まれるプロセスに関する調査報告が発表された。

 コメンテーターの安岡健一先生からは、「南市岡地域活動協議会がNPO法人化するなど、独特な事例であることから、南市岡の個性をより詳しく聞きたい」、「演劇で地域の記憶を復元する中で、演劇の内容に迫ることはどうだろうか」、「近年における小学校の統廃合など、戦前だけではなく戦後に失われたものも存在するのではないか」などの指摘があった。

 それに対して市道氏は、「南市岡の個性として、高度経済成長期に、瓦屋の関係者を中心に古紙回収や地域の運動会が活発に実施されるようになり、それ以降、長年にわたって地域活動が盛んに行われてきたことが挙げられる」、「今後のヒアリングを通じて、住民が演劇を作り上げたプロセスについて詳しく分析したい」、「弁天町駅周辺に高層ビルが建つ前の景観や大阪国際見本市港会場(インテックス大阪の前身)など、戦後に失われたものに関する記憶に着目することも重要であろう」との考えを示した。

 そのほか、参加者から「1950年のジェーン台風に関する記憶はどうか」という質問が寄せられ、市道氏は「ジェーン台風は行政刊行物等で取り上げられており、今後の研究で考慮したい」と答えた。

 

 井ノ元報告では、近代大阪における「医療の社会化」の全体像を「病者」の実態に即して明らかにする、という展望の下、1920年代の方面委員の保健救療活動に関する調査内容が発表された。

 コメンテーターの安岡健一先生からは、①方面委員の活動から見えてくる病者の具体相はあくまで部分的ではないか、との指摘と、②病者や救療の局面において大阪という都市地域社会の特質はどのようなものか、とのコメントがあった。

 まず①に対して、井ノ元氏は、方面委員の活動事例は、あくまで常務委員(各方面の代表者)が報告会でぜひ報告したいと判断したもので部分的と述べ、その史料的制約について補足した。その上で、今後は方面委員の活動事例以外の史料も検討することで、可能な限り包括的に病者の姿を捉えていきたい、との考えを示した。次に②に対し、大阪の特質は、公立病院が非常に少なく、方面委員の救療でもまず自宅療養が選択されたこと、方面委員の提起が新たな公立病院(大阪市立市民病院)の設立に結実したことであるとの考えを示した。そのほか、参加者からは、研究で活用している史料の性質や、方面委員以外の「医療の社会化」の主体とそれらの関係についてのコメントがあった。

 

 藤田報告は、近年のヤングケアラー問題などにも触れた上で、現代につながる国家の家庭教育政策をたどるべく、1960年代に遡ってその展開と特徴を論じた。1964年に開始された家庭教育学級では、1966年の中教審答申の影響もあり、「愛の場」「憩いの場」としての家庭づくりが掲げられた。このベースには家庭教育研究会が作成した家庭教育資料があったが、その修正過程を見ると、戦後における家庭の「教育」力の弱体化の挽回を志向してか、戦前の家庭への否定的言及を削除するなど、文部省の政治的意向が反映されていた。また、家庭教育学級は1960年代後半に急増したが、大阪市の学級参加者のレポートからその様相を概観し、1966年の「期待される人間像」の影響にも触れた。

 コメンテーターは、現代の家庭をめぐる問題から出発して過去のこうした問題を論じることの意義に触れた上で、①1950年代末の社会教育法改正との関係など、政策史全体の流れをどう理解するか、②政策展開の一事例という以上に大阪の事例をもっと積極的に位置づけられないか、政策が大阪市レベルまで下りてくる過程での変化も見るべき、と助言した。報告者からも大阪の特徴解明は課題として自覚しており、学級ごとにも教育内容はかなり異なるため要検討、との応答があった。

 

コメンテーター 安岡先生の講評

 貴重な機会をいただき感謝したい。4つの異分野の報告は、ひとつのつながりとして捉えられるように思った。例えば、朴報告が取り上げた1920年代生まれの人を軸に想像力をはたらかせてみるのはどうだろうか。彼が生まれたのは、井ノ元報告が論じた、発足したばかりの方面委員制度の下であった。当時、「医療の社会化」は途上であったが、そうした条件のなか成長し、市道報告が取り上げた港区の「市岡パラダイス」を親や友人たちと訪れる機会もあったかもしれない。場の記憶は住民だけのものではない。成人を迎えるころ、近隣諸国に留まらず多くの損害を与えた戦争に動員され、同世代を数多く失い、また、故郷は戦災や天災をこうむった。戦争を生き延びた彼らは、その多くが高度成長期に子を持つ親となり、家庭のあり方をめぐって様々な問題に直面しただろう。井ノ元報告が指摘したジェンダーの問題は、藤田報告が論じたように戦後においても国家と地域のあいだで争点の一つになっていた。

 今日のように次世代の人が集う場がコロナ禍であっても催されることは、今後の新たな知の創造にとって大きな一歩となるのではないか。未来の学知が交差する場に、コメンテーターとして立ち会うことができ、「人間」という存在に多角的にせまる人文学の面白さを実感することができた。4人の報告者の今後の発展を祈りたい。

 


セッションDの概要

(司会 沼田里衣 文化資源学)

セッションDは4つの報告と議論で構成された。

 

発表者

熊倉 光佑 (くまくら こうすけ 表現文化学M1)「ポピュラー音楽産業における「アルバム」の価値と崩壊―メディアの変化を通して―」

畔堂 洋一 (ばんどう よういち ドイツ語フランス語圏言語文化学D2)「フランス映像産業システムと海外ビデオ・オン・デマンドの関係」

車 明釗 (しゃ めいしょう 中国語中国文学D1)「武侠映画における兵器と武芸の表象」

上野 志保 (うえの しほ 社会学M2)「育児期におけるWFCの国際比較―福祉国家とジェンダー・ギャップの関係に注目して―」

コメンテーター:輪島 裕介 教授(大阪大学大学院文学研究科)、松木 洋人 准教授(生活科学研究科)

 

 熊倉報告では、ポピュラー音楽のロックというジャンルに見られる「アルバム」=作品という概念が形成された過程と、その価値の変化について、メディアの変容を通して考察した。ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967年)は当時の録音技術を駆使し、以降、LPレコードは生演奏の代用品ではなく、それ自体が一つの「作品」としての価値を帯び始めた。70年代ロックの「アルバム」=作品という概念は、南田の言う<商標化>的なメディアの同一化作用に逆らう形で、ロックの卓越性を保証した。さらに、J・トインビーは録音機器による音質の統一化を「高度ロックスタジオ・モード」と呼び、アーティストの技術者としての創造性が「言説的反復」(西洋音楽に見られる長く物語的な反復)を強固なものにするという。「アルバム」は、この「言説的反復」を強調することで芸術的な「アルバム」=作品としての価値を持った。しかし、これらの「アルバム」=作品という概念はレコードというメディアに依存していたことが考えられる。1980年代以降、デジタル化された音楽は、レコードの物質的側面から解放され、「アルバム」の「言説的反復」から切り離された。現在、Apple Musicの視聴回数ランキングには、「アルバム」の各楽曲が<商標化>されている様子が見られる。今後、さらなるメディアの変化によって「アルバム」の価値はどのように変化していくのかを、研究のオリジナリティとしてより具体的な事象に着目しながら検討していくことがこれからの課題である。

 

 畔堂報告では、現代におけるフランス映像産業システムと海外のビデオ・オン・デマンド(VOD)の関係を取り上げた。まず、2000年以降のフランスのメディア市場の動向について、この国でもNetflixなど海外発のVODの台頭が顕著であり、そのこともあって物質的なビデオやDVDがますます淘汰されてきているものの、映画館やテレビといった既存の映像メディアが低迷している様子はないことを確認した。一方で、フランス映像産業システムを支えている映画産業を保護するための4つの制度(国立映画・映像センター〈CNC〉による資金助成制度、テレビ局に対する資金投資義務およびクオーター制、メディアに関する「タイムライン」)を海外VODにも適用する必要が生じてきていることと、各メディアが新作映画を放映・リリースするための待機期間を定めた「タイムライン」が海外VODを牽制する役割を担っていることを述べた。また、その結果として2017年のカンヌ映画祭でNetflixが出品したオリジナルの2本の映像作品が「タイムライン」に違反していたために映画として認められなかった経緯についても触れた。そして、現代のフランス映像産業においては、「タイムライン」の規定を通して、Netflixなどの海外VODが自主的にフランス映像産業に貢献するよう促すかたちで制度設計がなされつつあることに言及した。

 

 車報告では、中国武侠映画における冷兵器における兵器の種類、人格性、宗教性、兵器と特撮技術などについて、動画を通じて紹介した。まず冷兵器とは火を用いない非火器の兵器のことである。刀槍剣戟などは主要な武器として常にその中に含まれていたため、武侠映画の中で最もよく見られる武器である。実際には武侠映画に登場する冷兵器は兵器として使える日常生活のツールも含まれている。そして、武器は人物の身分を暗示する役割もある。江湖(俗世間)には「君子は剣を持ち、侠客は刀を使い、刺客は短剣を使う」という固定の身分と武器の暗黙の組み合わせがある。武器と宗教の力の組み合わせは、キャラクターの人間性と成長に対して、より多くの考えと視点を与えてくれる。「剣光闘法」の特撮技術により、侠客たちは「御剣飛行」を通じて自由に空を飛ぶことができるだけでなく、手の指や武器で剣光を射出し、スクリーンに熱気をもたらして、映画の鑑賞性を大いに高めた。

 

コメンテーター 輪島先生の講評

 輪島は熊倉氏、畔堂氏、車氏の発表コメントを担当した。それぞれ力点は違うものの、複製媒体に基づく表現形式を題材に、複合的な制作システムの形成と変容ないし動揺について考察するもので、コメンテーターは、今回の発表事例をどのような大きな研究の枠組に位置づけるのか、という点をとりわけ強調してコメントと質問を行った。応答の過程で、「ベスト盤」や「コンピレーション盤」などの形態への関心(熊倉氏)や、フランス映像産業システムの国際共同制作における重要性(畔堂氏)、そこにおける「映画の芸術性」という(「タテマエ」的な)規範の機能の指摘、中国武侠映画と日本の剣戟映画との比較の視点(車氏)など、興味深い論点が提示され、今後の研究の展開を大いに期待させた。

 

 上野報告では、育児期におけるワーク・ファミリー・コンフリクトの国際比較を念頭においた、福祉国家の類型化について論じた。統計分析に用いたデータは、育児と仕事の両立支援のアウトカムとして、OECDのFamily Databaseから「#PF2.4両親休暇代替率」「#PF2.5出産前後の休業権の推移」「#PF3.2就学前保育教育への参加率」を利用し、加えて女性特有の経験である妊娠・出産や、男女関係なく育児に参加することへの周囲の理解を示唆すると考えられるジェンダー・ギャップ指数14項目を用いた。次元縮約とクラスタリングを同時に行うreduced k-means 法によって類型化を行ったところ、6類型が得られた。結果は、家族主義レジームとされる日本や韓国が自由主義レジームのアメリカと同じレジームに位置づけられ、また保守主義レジームに分類されるドイツとフランスが異なるレジームとなるなど、独自の結果を示すものとなった。このような結果となった規定要因や、ジェンダー・ギャップ指数に類似の指数も投入した再検討が今後の課題である。

 

コメンテーター 松木先生の講評

 上野氏の報告は、各福祉国家において観測されるWFCに違いはあるのか、またそれらにはどのような違いがあるのかを計量分析によって検討し、その要因を明らかにすることを目的とするものだった。特に日本社会では育児期のWFCが特に母親にとって顕著なものになることが自明視されているなかで、その福祉国家や家族政策との関連を捉えようとする非常に重要な研究である。松木からは、①タイトルと実際に行われている分析との関係、②分析の結果として導き出された育児支援の福祉国家の類型の特徴づけ、③既存のWFC研究へのインプリケーション、④どういう支援が制度として用意されているかだけではなく、実際にどれくらい利用されているかがデータの制約によって考慮されていない点についてコメントした。

 


まとめ

 以上のように、各セッションにおいて、発表者とコメンテーター、司会者を介して密度の濃い議論と、有意義な交流が実現したことが、本企画の最大の成果だったと言えよう。

 その一方、分野横断的に各セッションを構成しながらも、それぞれの発表者間の交流については、残念ながら十分におこなえたとは言い難い。もっと一般の参加者も巻き込みつつ、発表者同士の質疑応答を促し、相互の交流機会ができるような働きかけ、そのための時間的余裕をもたせるような工夫ができれば良かったと思われる。また、異なる分野の聴衆に対して自らの研究テーマの意義をわかりやすく伝えるという点では、それぞれの発表者のプレゼンテーション技術についても、まだ改善の余地があるだろう。しかし、分野を越えた研究交流を目指す際に、伝えるスキルをどのように指導できるのか、どのように「リゾーム型」、つまり多方面に根を張りめぐらせながら発展できる研究者を育成できるのかという課題がより具体的に見えてきたことも含めて、今回の成果と言えるかもしれない。

 いずれにせよ、若手研究者の研究発信や交流、それを通じた再発見の機会として、この先の展開につながる有意義なイベントとなったことは間違いないだろう。当フォーラム実施のためにご尽力いただいたコメンテーターや司会の先生方、発表者、および関係の各教室やスタッフの皆さんに改めて感謝を述べ、本報告を締めくくりたい。

 

 

文責「大学院研究フォーラム2021」ワーキングチーム 白田由樹