第8回 国内個別セミナーの活動記録

 第8回国内個別セミナーが、2018年8月3日(金)14:00から16:30頃まで、大阪市立大学文学部棟会議室(L122)で開催された。今回は、本年3月よりイェール大学に派遣中の島﨑未央氏(大阪市立大学・UCRC研究員)が、一時帰国を機会に研究報告を行った。シンガポール国立大学(NUS)で9月に開催される、明治維新シンポジウムでの発表に向けての準備報告であった。

島﨑未央氏の報告

「維新変革と株仲間―大坂種物問屋をめぐる事例紹介―」

 大坂ではもともと種物(油の原料の菜種・綿実)専門の問屋は存在せず、300軒超の諸物品問屋が種物を荷受けしていた。その後18世紀前期に、油の価格統制政策に関わって30軒の種物問屋が公認されたが、大坂への油の供給を増やしたい幕府の政策により、周辺地域にも絞油株が公認されたり、外問屋による引受も奨励されたりして、種物問屋の集荷独占権は揺らいでいく。そこで大坂種物問屋仲間は、外問屋が荷受けした際に取る半口銭の徴収を徹底することを仲間規約で確認するなどして、これに対応しようとしていた。しかし天保3年には、油仕法改正により、堺・兵庫にも種物問屋が設置されて、彼らとの競合も生じた。このような中からは、油は幕府も注目する重要品目であるため、これに関わる仲間は、公認されているとはいえ、幕府の流通統制政策による制約を強く受けることになるという特質が見てとれる。

 その後、株仲間解散・再興、そして明治に入って商法会所設置、鑑札下付など、幾度かの制度改正を経た後、明治5年には株仲間解散となり、大坂種物問屋は、「菜種綿実商両種物問屋組合」という商業組合を新たに設立することとなる。

質疑応答

 質疑応答ではまず、半口銭・無口銭とは何か、また明治期での営業の「自由」とはどういうことかなど、言葉が示す意味の確認を行い、その後、史料に基づく議論に入った。大坂種物問屋の「申堅め」の史料では、大坂への種物の廻着量が減って値上がりしていることが問題になっているが、他所に売られないためには高値で買うしかなく、結局は値段が上がってしまうわけで、ここに問題の難しさがあらわれているという指摘があった。また、種物問屋の事例から見えるところでは、近世から近代に入ることで大きく転換するというものでもなく、各段階での変化をていねいに見ていく必要があるだろうという意見が出た。西アジアでは近代に欧州勢力が流入してきて、同業組合は壊滅してしまい、史料が何も残っていないことと対比して、明治の株仲間解散で、名前帳は焼き捨てるように指示されながらも、実際には史料が現存していることは、日本の特徴として重要だろうとの指摘もあった。