現代の地理学(山崎)課題レポート
宇宙センターの立地とその影響
種子島宇宙センターを例に
A05SA*** S.N.

テーマ:空間と場所の緊張
 ある場所において、経済状況が良くなったり、公共事業で大きな施設等の建設計画が舞い込んできたりしたとする。するとその場所では近代化が進み、ビルや大型ショッピングモール等が立地したり鉄道や道路が引かれたりして、空間の効率化・均質化が進んでゆく。そしてこれが、その場所が持つ伝統的・文化的な町並みや生活様式や記憶といったその場所固有のものの存在を脅かす原因となる。そのことに危惧しだした地元の住民達が、自分たちの場所の固有性を保持するための活動を展開し、それを適して場所がいたずらに均質化していくことに対し抵抗する。また、軍事基地や原子力発電所などの場合、立地に適した空間であっても、その場所に住む住人は施設の立地を受け入れがたいと思う場合が多い。その場所にいる人々の生活や生命に危険を及ぼす可能性があるためだ。このような場合どのように住民を説得し、どのような条件を与え、どうすれば外的な立地の論理と住民の生活権の保障との間の摩擦を解消することができるのか。
 ここに、「空間の均質化」と「場所の固有性の保持」との間の緊張が生じる。
 以下、宇宙センターの立地を具体例にとって、空間と場所の緊張について述べていく。

1.はじめに
 今日の我々の生活にとって、宇宙開発はなくてはならないものになってきている。今この瞬間も地球の周りを、日本上空の雲の動きを観測し天気を正確に予報するための気象衛星ひまわりや、GPS運用のための29個のナプスターが飛び交っている。また、有人宇宙飛行が人間の行動範囲を広げ、宇宙空間を人間の活動の拠点の1つとする日が来ることも夢物語ではないだろう。いずれは民間宇宙旅行に留まらず、月や火星に人類の居住地ができる日が来るかもしれない。しかし、このような衛星やロケットを飛ばすための宇宙センターの立地には多くの地理的制約がある。
 ここでは日本最大の宇宙センターである種子島宇宙センターを例に、宇宙センターの立地とそれが及ぼす周辺地域への影響について考えていく。

2.種子島と種子島宇宙センター
 種子島といえば1543年のポルトガル人による鉄砲伝来で有名な、九州の南端から約50kmの海上に位置する離島である。西之表市、中種子町、南種子町の1市2町からなり、人口は約35000人。それに対し島の総面積は約445kdであり人口密度は比較的低く、また人口の大半は各市町の市街地に集中している。標高は最高地点でも282mと全体的に平坦であるが、所々に小さな丘陵がある。透き通った青い海に囲まれた自然の豊かな島である。
 一方種子島宇宙センターは昭和41年に開発開始された、北緯約30°・東経約130°(中心地)に位置する日本最大のロケット発射基地である。現在は宇宙航空研究開発機構(JAXA)が保有しており、日本の商用大型ロケットは全てここで打ち上げられる。種子島の南東端の竹崎地区から大崎地区に位置し、総面積は970万u(=9.7ku)であるが、これは世界の他のロケット発射場と比べると非常に狭い(ケネディ宇宙センター567ku、ギアナ宇宙センター900ku)。吉信射場、大崎射場、竹崎射場の3つのロケット発射施設を有し、観測所や管制塔、気象台といった多くの施設を設けている。センターは緑の樹木に覆われた丘陵地帯にあり、前面には青い海が広がっていて、宇宙センター内の景観は素晴らしく「世界一美しいロケット基地」とも呼ばれている。

3.宇宙センターの立地条件と種子島
「種子島宇宙センターの概要」(宇宙研究開発機構 2005)によると、宇宙センターの建設場所の選定にあたっての考慮条件は以下のとおりである。
 @ 南・東向けの発射に対して陸上、海上、航空の安全に支障がないこと。
 A 日本領内でできるだけ赤道に近いこと。
 B 沿岸漁業者との干渉ができるだけ少ないこと。
 C 必要な用地面積が早期に入手でき、かつ土地造成が容易なこと。
 D 通信、電力、水源が確保できること
 E できるだけ交通が便利で、人員、資材、機材の輸送がしやすいこと。
 F 人口の密集した地帯からなるべく遠いこと。
このように宇宙センター立地の地理的条件は多く、また互いに相反するものもある。実際種子島は交通の便があまり良くなく、台風の上陸も多くデメリットもある。しかし、地球の自転のエネルギーを利用するロケット発射に有利な日本の南方にあること(開発当時は沖縄はまだ日本に返還されていなかった)、ロケット打ち上げ方向である南・東方向にかけ海が開けていること(これによって、仮に打ち上げが失敗した場合でもロケットが陸上に落ちる心配はない〉、人口密度が低いため広い用地を確保することが他に比べて比較的容易であったことなどの大きなメリットも持つ。これらのメリットとデメリットを秤にかけた結果、種子島が宇宙センター開設に有利な位置であると判断されたのである。

4.種子島宇宙センター立地の周辺への影響
 種子島宇宙センターの開設に対しての地元の反応は比較的歓迎ムードであった。というのも、開発当時日本は高度経済成長期の真っ只中であり、農村部から都市部への人口移動が活発になっていた時期であった。そのため地方では過疎化が深刻な問題となり、これを防ぐことが地方行政の大きな課穎であった。実際、当時の種子島の人口は年々減少の一途をたどっていた。そんなときに飛び込んできた宇宙センター建設計画は、地元の地域活性化につながるとして大きく期待されたのだった。
  しかし、問題はあった。一つは、前章の考慮条件Bで指摘されているが、種子島周辺の漁業問題である。種子島周辺の海域では長年カツオの一本釣り等の漁業が行われていた。ロケット発射の際の落下物が漁業に影響がでるのではないか、ロケットの爆音で魚が逃げてしまうのではないかといったことが漁業関係者により指摘されており、昭和41年6月ごろに宮崎県漁連会長から科学技術庁長官にロケットの漁業への影響に隈する照会文書が提出された。そしてこれが大規模な反対運動にまで発展し、この影響で昭和41年11月
に予定されていた第一回ロケット発射実験が大きく延期することとなったのである。その後漁業者側の姿勢は「ロケット打ち上げ反対」から「実験場建設阻止」にまでエスカレートし交渉は難航した。結局、粘り強い説得と、打ち上げの期間を夏と冬の数ヶ月間に限定するという条件で両者は合意し(現在は条件が緩和され、秋の打ち上げも許容されている)、昭和43年9月にようやく最初のロケットが発射されたのであった。
 また、もう一つの問題は用地確保の問題である。ロケット発射施設は単に発射設備を設置する場所があればよいわけではなく、その周辺に広大な保安区域を用意する必要がある。しかし当時、竹崎地区の大部分は国有地であったが大崎地区には多くの民有地があった。そのため、この民有地の買収が昭和43年ごろから行われた。大崎地区の住民たちは昼間は農作業などのためではらっていたため、交渉は夜に行われた。宇宙開発事業団がとりあえず土地の測量をさせて欲しいと言うと、地権者からは測量を認めることは買収に同意することにつながると反対意見が出たりもした。根気強い説得ののち、ようやく測量が認められ、ついで、土地の買収も進むこととなった。また現在の大崎射場から300mほど離れた所に、戸数13戸の大崎集落があり、この集落の人全員に円満に移転をしてもらうことも大きな課題であった。現在大崎集落があった場所には、移転した集落の人々に対する感謝の気持ちをこめた記念碑が設置してある。

5.おわりに・宇宙センターと地域社会との関わり
 こうしていくつかの大きな問題を乗り越えて、現在の種子島宇宙センターに至るわけである。種子島宇宙センターは宇宙センターのことをできるだけ知ってもらうため、理解してもらうためにも地域社会との結びつきを重要視している。地元南種子町では町長を会長とし、各種委員会や組合などの代表を会員とする宇宙開発推進協議会を組織しており、ロケットの打ち上げの際にはこの場を通して打ち上げ計画などの説明がなされる。また、近くの集落の人々に集まってもらい、ロケット打ち上げ計画や規制区域などの説明会も開かれる。無料での施設案内ツアーや毎年恒例のスポーツ行事「たねがしまロケットマラソン」を開催するなど、地域住民との交流も大切にしている。また他都道府県から宇宙センターへ観光に来る人も多く、特にロケット発射の際は観光客だけでなく全国から多くのメディアが訪れるため、島の経済の発展へ大きく貢献している。 種子島宇宙センターは、建設者側と地元との摩擦をできる限り解消した成功例の1つといえるのではないだろうか。確かに種子島には、今も宇宙センターが建てられたことを快く思っていない人もいるかもしれない。しかし沖縄の米軍基地をはじめ、産業廃棄物処理施設や原子力発電所、水力発電用のダムなど、地元との摩擦を十分に解消できているのかどうか疑問に思うところが多く、開発が終わってからも立地論争で揺れ動いているところもある。その点に関しては種子島宇宙センターは十分努力し、できる限り摩擦を解消できているように思う。島の住民の多くが宇宙センターに関わっており、宇宙センターもまた島の発展に深く関わっている。今や宇宙センターは種子島にはなくてはならない存在なのだ。この先も不断の努力が必要ではあるが、種子島宇宙センターは外的な立地の論理と住民の生活権との間の緊張関係を可能な限り抑えた良い例といえるだろう。
(以上3,837字)

参考文献・ホームべ−ジ
・十亀英司(1993)「日本最大の宇宙センター―種子島宇宙センター―」、春苑堂出版
・宇宙航空研究開発機構(2005)「種子島宇宙センターの概要」
www.jaxa.jp/projects/rockets/h2a/f8/img/f8_tnsc_j.pdf (2006年7月23日現在)
・宇宙航空研究開発機構〈2006〉「種子島宇宙センター -- JAXA施設見学案内 --」
http://visit.jaxa.jp/tanegashima/index_j.html(2006年7月23日現在)
・Wikipedia「種子島宇宙センター」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%AE%E5%AD%90%E5%B3%B6%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC(2006年7月23日現在)




図1.種子島宇宙センター:大型ロケット発射場である大崎射場の施設類


図2.施設マップ(「種子島宇宙センターの概要」より)