中国各地の陸軍病院では「手術演習」と称し、軍医が捕らえた中国人に麻酔をかけて生体解剖することが多く行われた。軍医たちは虫垂切除や気管切開を行ったり、銃で撃って弾丸を体内から取り出したり、手足を切断して切り口を縫合したりした後に殺害した。こうした手術演習は、新任の軍医が前線で負傷した兵士をどうやって治療するかを教える訓練とされていた。しかしながら、治療に際しては患者に苦痛を与えたり死なせたりしないように求められるのが本来のあり方なので、治療の技術を身に付けるというよりも、常識的な感覚を麻痺させることが目的であるようにも思える。こうした「手術演習」という名の殺害に関与した軍医自身による告白は枚挙にいとまがない (吉開 1981、中央档案館ほか 1989 [江田ほか編訳『生体解剖』1991] など)。

「冬季衛生研究班」の班長であった大同陸軍病院の谷村一治軍医少佐は、三浦理平軍医中尉と共同で、1941年と思われる6月5日から7日にかけて、大同陸軍病院で「駐蒙軍軍医将校軍陣外科学集合教育」と称する3日間の短期教育プログラムを実施している。そのカリキュラム表が、冬季衛生研究の報告書とともに発見され復刻されている (大同陸軍病院 1941)。それによると、プログラムの教育対象は内蒙古方面に展開していた駐蒙軍に配属された軍医将校で、前半(6日午前まで)は講義を行い、後半(6日午後以降)に主に実習を行っている。実習として課されたのは、血管縫合術、神経縫合術、開腹術(腸管切除術、腸々吻合術)、開頭術、開胸術(肺内異物摘出)、虫様突起(虫垂)切除術、腎臓摘出術、「輸血法及保存血ノ調製使用」、麻酔法などで、受講者を4名一組に分けて行われた。カリキュラム表の備考には、これらの実習のために「○○資材六体準備使用ス」と書かれているが、手術演習に関する多くの証言や「冬季衛生研究」の内容から判断して、この「○○資材」とは生きた人間を指すと考えられ、実習中か実習後に殺害されたものと思われる。

 1989年夏、東京都新宿区戸山の国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)の建築現場から、100体分以上にのぼる人骨が発見された。そこは1929年から1945年まで陸軍軍医学校の敷地であったところである。11個の頭蓋骨と長骨のほとんどには、鋸で引いた跡やドリルで穴を開けた跡があった。頭蓋骨の1つは銃撃されており、鋭利な刃物で刺された頭蓋骨も1つあった。これらの骨の状態や傷の付き方からみて、これらの骨の持ち主は実験的な手術を受け、陸軍軍医学校で標本として保存され、敗戦時に地中に埋められたものと考えられる (常石 1992)。彼らは上述したような手術演習の犠牲者である可能性がある。


文献一覧

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参考資料

1999年度大阪市立大学インターネット講座「人体実験の倫理学」第4回 日本軍による人体実験

日本生命倫理学会第20回年次大会(2008年11月29日、九州大学医学部)
大会企画シンポジウム1「戦争と研究倫理」報告
「戦時下における医学研究倫理──戦争は倫理を転倒させるのか」スライド


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