大阪市立大学中国学会・講演会報告 (第56回~67回)

年度目次

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第67回 (2010年12月11日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
田渕 欣也(本学博士課程後期)
楊家将における「私下三関」のモチーフについて
史 彤春(本学非常勤講師)
副詞“就”の意味及び語用的機能の考察
王 標(本学非常勤講師)
頼山陽の漢文についての試論
講演
古川 末喜(佐賀大学教授)
漢詩の新訓読「現代書き下し文」のこころみ -杜甫の「生活詩」を「現代書き下し文」で読んでみる-

内容報告

平成二十二年十二月十一日、大阪駅前第二ビル六階の大阪市立大学文化交流センターにおいて、第六十七回大阪市立大学中国学会が開催されました。

最初に学会長である齋藤茂先生が開会の辞を述べられました。日本では若者の海外離れが言われていますが、中文研究室の規模が縮小される中、ぜひ学生諸君には海外でも精力的に発表する等、世界に出て行ってほしいと激励されました。

午前の部では、後期博士課程二年の田淵欣也さんによる「楊家将における『私下三関』のモチーフについて」と題したご発表が行われました。楊家将における「私下三関」とは、楊家将物語に登場する、主人公の六郎が母親からの手紙を受け取って、三つの重要な管轄地を勝手に離れる場面のことを指し、雑劇『謝金吾』、『黄眉翁』や『薛仁貴』に現れるこの「私下三関」のモチーフの差異を指摘することで、楊家将物語誕生の変遷を追うというご発表でした。ちょうど最近『楊家将伝奇』という、従来の楊家将演義に新たな解釈を加えた中国のテレビドラマを見る機会があり、現代でもこうして愛され、再生産されている楊家将物語の変遷を知ることができ、大変興味深いものでした。

お昼休みをはさんだ午後の部は、本学非常勤講師の史彤春先生による「副詞“就”の意味及び語用的機能の考察」をテーマとしたご発表から始まりました。中国語における副詞“就”は様々な意味を持つため、中国語教育における一つの難点となっています。そこで、この副詞“就”の意味を認知言語学の角度からとらえ直すことで、“就”の意味の全体像を明らかにするというものでした。ご発表では“就”の様々な意味を、認知スキーマを用いて示され、私自身よく把握できていなかった “就”のそれぞれの意味のつながりを包括的に整理することができました。この意味のつながりを、中国語を学び始めて間もない学生がすぐに理解することは難しいかとも思われますが、中国語を教える者として“就”の全体像を理解することは重要であり、大変参考になるご発表でした。

続いて本学非常勤講師の王標先生による、「頼山陽の漢文についての試論」と題するご発表が行われました。今回は以前中国で開催された「中国古代散文学会」でご発表された内容をもとにしたもので、その時の大変豊富な内容の一部をご紹介頂きました。頼山陽は江戸時代後期の日本の漢学者で、その著作『日本外史』は明治維新に大きな影響を与えた人物です。本発表では、この頼山陽の知的世界や文章論を分析され、荻生徂徠や本居宣長等の漢文に関する諸言説との関係、また江戸時代後期の漢学者の日本漢文に対する自己認識についてご考察されました。中文に身を置くものとして、これまでは中国の文化表象そのものにばかり目がいっていましたが、今回初めて中国人研究者の方から日本の中国文学受容についてのお話を聞くことができて大変新鮮な思いがしました。ご発表は本当に豊富な内容で詳細な分析がされており感服することしきりで、自分の研究態度を深く省みることとなりました。

最後は佐賀大学の古川末喜先生に、「漢詩の新訓読『現代書き下し文』のこころみ―杜甫の詩を『現代書き下し文』で読んでみる」というテーマでご講演頂きました。古川先生はそれだけでは意味がとらえにくい従来の書き下し文ではなく、現代人にも分かりやすい新しい書き下し文の読み方をご提案され、実際にその「現代書き下し文」を使って杜甫の詩の内容をご紹介頂きました。古川先生は壇上から皆のいるフロアまで下りて来て下さり、先生とご一緒に皆で「現代書き下し文」を音読して、杜甫の詩を味わいました。確かに従来の書き下し文はその簡素さが魅力であると思いますが、先生のご提案された「現代書き下し文」は大変分かりやすく、私のように古典を専門としない人間や、一般の方でも容易に漢詩を味わうことができ、漢文離れが叫ばれる今、まさに必要とされる新しい試みではないかと思いました。古川先生には遥々佐賀からお越し頂き、先生がずっとフロアでお話をして下さったこともあって、会場全体が一つにまとまった、温かい雰囲気に包まれたご講演でした。

こうして今回の中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移って行きました。

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第66回 (2010年7月3日(土) 於天王寺あべのメディックス)

発表題目と発表者

研究発表
廣島 直子(本学博士課程後期)
宗璞作品にみる新中国における知識人の主体性の確立
南 真理(本学博士課程後期)
テレビドラマとインターネット -スパイドラマ『潜伏』を中心に-
馮 艷(本学非常勤講師)
北宋期の茶詩について -梅・欧・蘇を中心に-
講演
張 新民(本学准教授)
大阪・上海学術交流と研究資料収集について

内容報告

平成二十二年七月三日、天王寺あべのメデイックス六階で、第六十六回大阪市立大学中文学会が開催されました。

まず、齋藤先生が開会の辞を述べられました。近年、中国語・中国文学コースを専攻する学生が激減しており、厳しい状態になっていることに触れ、このコースの存在価値及び中国学会の積極的な活動をアピールしていき、学生・院生・卒業生の協力によって、伝統ある市大中文を盛り上げていきたいと述べられました。今回の学会では、若い研究者のみずみずしい報告から長年研鑽を重ねた重厚な発表まで、十分に味わっていただける、よい機会であるとお話されました。

初めに、本学後期博士課程一回生の廣島直子さんが、「新中国に生きる知識人―宗璞の初期作品を中心に」を発表されました。廣島さんはこれまで、新中国誕生とともに作家活動を始め、現在も創作を続ける女性作家宗璞に注目されています。発表の内容は宗璞の出世作である『紅豆』を中心とし断筆前までの初期作品『訴』、『A・K・C』、『不沈的湖』、『知音』を取り上げ、作品に描かれる社会における知識人の精神性獲得の過程を指摘されました。

ここで昼休憩をはさみまして、次の発表は本学後期博士課程三回生の南真理さんです。「エンターテイメントと政治性の結合 スパイドラマ『潜伏』」というテーマで発表されました。南さんは、主に中国のドラマについて研究を続けています。本発表は2009年度中国広播電視協会テレビ製作委員会「最具影響力」テレビドラマ賞を獲得した『潜伏』を始め、中国のテレビドラマにおける政府、製作者、視聴者のせめぎあいの場や、主旋律テレビドラマの命題――政治性と市場性の調整について発表されました。 続いて、本学非常勤講師の馮艶先生が「北宋の茶詩について――梅・欧・蘇を中心に――」を発表されました。茶や茶文化を客観的に描写するものが多く見受けられる北宋初期の欧陽修と梅堯臣の茶詩に、文人の茶との関わり方や茶詩の書き方に根本的な変化をもたらしたのは蘇軾であり、彼は茶を現実社会に身近な存在として描写し、また厳しい環境の中で生き延びる友でありながら、上品な品格を持っている君子としても尊敬していました。この斬新かつ大胆の書き方を創りだした蘇軾に関する内容をお話されました。

最後に本学の准教授張新民先生に「大阪・上海学術交流と研究資料収集」と題する講演を行っていただきました。張先生は主に、中国文化大革命時期の映画研究を中心に、幅広い分野で活躍されています。講演ではまず大阪・上海学術交流について紹介され、上海図書館での資料収集及び新聞広告や映画記事にみる映画の伝来をお話される予定でしたが、時間の都合で、途中で終わらざるをえなくなり、とても残念でした。いつかまた面白いお話を伺いたいと思います。

こうして今回の中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていきました。

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第65回 (2009年12月5日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
城山 拓也(本学博士課程後期)
張資平と読者
秋岡 英行(本学非常勤講師)
『唱道真言』における内丹の儒教的理解
講演
梅 家玲(台湾大学台湾文学研究所所長)
従少年中国到少年台湾 -二十世紀中文小説的国族論述與青春想像-
川合 康三(京都大学教授)
豔賦攷

内容報告

平成二十一年十二月五日、大阪駅前第二ビル六階の大阪市大文化交流センターにて、第六十五回大阪市立大学中文学会が開催されました。

始めに松浦先生が開会の辞を述べられました。十二月六日、市大高原記念館にて上海師範大学とのシンポジウムが開かれること、また来年度から「中国学コース」が「中国語中国文学コース」と改称されることを報告されました。近年、本コースを専攻する学生が激減していることにも触れ、学生・院生・卒業生の協力を得て、伝統ある市大中文を盛り上げていきたいと述べられました。それと共に、中文学会を若手のみずみずしい報告やベテランの研鑽を重ねた重厚な発表を十分に味わえる、よい機会にしていきたいと話されました。

まず初めに、本学後期博士課程二年の城山拓也さんが「張資平の描くもう一つの現実―『ヨルダン河の水』と『飛絮』における恋愛の問題について」を発表されました。城山さんはこれまで穆時英など二〇年代から三〇年代の作家に見られるモダニズムについて研究されており、今回はその流れの中で彼らより少し前に活躍した作家・張資平に焦点を当て、その作品世界について分析されました。発表の内容は未婚の母や同性愛等、当時規範とされた倫理観とは少しかけ離れた恋愛模様を描いた『ヨルダン河の水』と『飛絮』の二作品を中心に、その中に見られるキリスト教的発想や、同性愛や独身主義といったテーマを描くという張資平の恋愛への観点や、現実へのまなざしを指摘されました。

次の発表は、本学非常勤講師の秋岡英行先生です。「『唱道眞言』における内丹の儒教的理解」というテーマで、『唱道眞言』の光緒十三年刊本を取り上げ発表されました。内丹とは内なる丹を修練により内側にある気を鍛錬することであり、また朱子学は、科挙を目指す知識人にとっては一般常識とも言えます。儒教を通して内丹を理解することは、内丹を理解する助けとなり、内丹が道士の専有物ではなくなり、通俗化・民間化していったことのひとつの現れであると発表されました。

ここで昼休憩をはさみまして、午後の講演に移りました。まず台湾大学台湾文学研究所所長である梅家玲先生に、「少年中国から少年台湾まで――二〇世紀中国語小説の青春想像と国族論述について」というテーマでご講演いただきました。梅家玲先生は一九九〇年代後半から台湾文学を研究され、古典と現代文学を同時に研究しながら、非常に大きな視野で研究をされています。ご講演内容は、青春の想像と国家言説との密接な関わりについてで、梁啓超の「少年」という言葉に対する自覚と発見から始まり、それが葉聖陶の教育小説の中に受け継がれ、『台北人』と『孽子』という小説になりました。『孽子』では同性愛の台湾の第二世代といえる男性が、同性愛という倫理問題で家から追い出され台北を流浪するという内容です。大陸を大きくめぐり、台湾まで辿り着き、少年台湾のイメージと国家言説との関係を百年という流れにまたがってのお話でした。

最後に、京都大学の川合康三先生に「艶賦攷」と題する講演を行っていただきました。大変お忙しい先生で、本日も東京から駆けつけてくださいました。川合先生はやさしい語り口で、本日の講演テーマは「艶」であるので、気楽にきいてほしいと話され、会場を和ませて下さいました。ご講演のテーマにある「艶賦」という言葉は実際にはなく、川合先生のオリジナルです。「艶賦」とは女性の身体に密着したいという願望を素直に表現した賦のことであり、そこから陶淵明を取り上げられました。女性が男性を思う作品が多い中、取り上げた作品は男性が女性を思い、その願いと悲しみを繰り返すユーモラスな口調となっており、陶淵明の特徴を表していると話されました。そしてフランスにあったエロティック詩と同じように、中国にもエロティック賦があったと考えると、今私達が接している古典はほんの上澄みであり、文学とは先端の一部分だけしか見ていないのではないかと締め括られました。古典文学を勉強する上でどのように勉強したらよいかを示唆してくださる、大変刺激的な講演内容でありました。

こうして今回の中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていきました。

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第64回 (2009年7月4日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
王 宜瑗(同志社大学講師)
永明以降の声律論の展開 -北朝を中心に-
王 傑(本学非常勤講師)
耿李論争から見た李卓吾思想の真相
地蔵堂 貞二(滋賀県立大学教授)
『金瓶梅』に見える呉語について
講演
佐藤 晴彦(神戸市外国語大学教授)
『水滸伝』と『金瓶梅』

内容報告

平成二十年七月四日、大阪駅前第二ビル六階の大阪市大文化交流センターにおいて、第六四回大阪市立大学中国文学学会が開催されました。

まず会長である松浦恆雄先生が開会の辞を述べられ、ノーベル賞を受賞されました南部陽一郎先生について触れて、ゆっくり時間をかけての教育・修行、また互いに学び合う姿勢が重要であり、市大の学会も業績作りの場という一面もあるものの、そればかりでなく、研究の成果をたっぷり時間をかけて公表・共有する場にしたい、と言われました。

今回の最初の発表は、王宜瑗先生による「永明以後の聲律論の展開――北朝を中心に」です。「梁・陳における征戦詩の新たな変化-横吹曲を中心に-」(『中国学志』剥号、2008年)において、南朝の征戦詩に対する従来の低い評価を一掃、形式的にも内容的にも独自の発展があり、征戦詩に大きな変化を生んでいったと述べられた王先生ですが、今回のご発表では、梁・陳時期の聲律論の状況や北朝での聲律論の展開について述べられ、またそこから仏教を受け入れることによって発達していった四聲説の確立について、永明年間に完成ではないか、と詳細な資料から丁寧に説明されておられました。

ここでお昼休憩をはさみまして、まず、D2の王傑さんによる「耿李論争から見た李卓吾思想の真相」の発表が行われました。明代の思想家である李卓吾の、いわゆる耿李論争の前後での思想を比較し、彼が意図的に論争を利用した結果、自己の運命を変えたことも否定できないと述べられました。彼の重視したものは思想自体ではなく、思想がもたらす効果・効力であると考え、李卓吾思想の真相を彼の運命から紐解こうと試みられたご発表でした。

続いて滋賀県立大学の地蔵堂貞二教授によります「『金瓶梅』に見える「呉語」について――「詞話本」と「崇禎本」の言語上の異動を通して――」と題するご発表が行われました。地蔵堂先生は「詞話本」か「崇禎本」への改訂からみえる言語上の意味について、「崇禎本」の改筆者は少なくとも「呉語を方言」として認識して改定を行ったと考えられ、また、「詞話本」にみえる「呉語」の来源は、原作者の言語ではなく、版本の伝承過程で混入した可能性が高い、と大量の資料に基づいて非常に興味深い内容の見解を述べられました。

ここで小休止をして総会に入り、今回の奨励賞が該当者に授与されました。引き続き、昨年度の会計報告と今年度役員の承認が行われました。

今回のご講演は、神戸市外国語大学より佐藤晴彦先生をお招きして、「『水滸傳』と『金瓶梅』」という題目でお話を頂きました。容與堂本と萬歴丁巳本序本『金瓶梅詞話』では、『金瓶梅』の方が古いと考えられる、とご見解を述べられ、また多くの資料に基づいて、方位詞″li″の元末・明初中期における使用頻度や『金瓶梅詞話』における使用頻度、また兼語動詞″jiao″の使用頻度などから分かることについて、影印本に関する余談もまじえながら、緻密な分析を経た大変に興味深いお話をしていただきました。

こうしてこの度の市大中国学会も盛会の内に終了し、舞台は第二部のコンパ会場へ移っていきました。

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第63回 (2008年12月13日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
南 真理(本学博士課程後期)
中国テレビドラマに見る歴史観の変化-『走向共和』を例にして-
福田 知可志(本学非常勤講師)
七夕の怪異譚-『夷堅甲志』「孫九鼎」をめぐって-
王 標(本学非常勤講師)
雷峰塔はいつ、なぜ倒壊したか-文化的景観の系譜学的アプローチ-
講演
竹浪 遠(黒川古文化研究所研究員)
失われた唐代山水画を求めて-作品・画論・題画詩を手がかりに-

内容報告

平成20年12月13日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにて、第63回市大中文学会が開催されました。

開会の辞を述べられたのは松浦先生。最近は大学も社会貢献についていわれる時代になり、市民への公開講座や高校への出前授業がよく取り上げられるが、本来大学のなすべき社会貢献とは教育や研究であり、優秀な社会人や研究者を育成し、研究成果を挙げることではないかと提言されました。

最初の発表はD2の南真理さんによる「中国テレビドラマに見る歴史観の変化『共和に向かって(走向共和)』を中心に」です。現代中国では経済発展が進むとともに、メディア規制が行われており、テレビドラマも政府・市場・視聴者によるせめぎあいの場となっている。こと歴史ドラマは政府による特別な審査が行われますが、その中で『共和に向かって』という作品が提示した新しい歴史観と人物像、引き起こした論争と放送終了へ至る経緯について詳細な考察を加えられ、『共和に向かって』という作品は政府・市場・視聴者の新たな力学関係を示しており、大変意義深いものであるとまとめられました。

午後に入って最初の発表は本学で非常勤講師をされている福田知可志さんによる「七夕の怪異譚―『夷堅甲志』「孫九鼎」の物語をめぐって」です。これまで専門に論じられることがなかった「孫九鼎」を取り上げ、この物語が六朝南斉の王琰『冥祥記』「王胡」に見られる七夕に縁者である冥官と出会う構造を継承していることを指摘されました。その上で「孫九鼎」が『夷堅志』の巻頭に置かれた理由を、七夕とは宋代において祖霊を迎え、冥界からのメッセージを受け取る節日であることを読者に再認識させることに意義を見ていたと考察されました。そして七夕を従容として楽しむ宋代末期、孫九鼎の怪異体験を通じて、懐旧の情を込めて記録したと思われる点に『夷堅志』の特徴があり、その意味から「孫九鼎」は巻頭を飾るにふさわしい作品と評価されてよいのではないかと結論づけられました。

次の発表は本学で非常勤講師されている王標さんによる『雷峰塔はいつ、なぜ倒壊したか―文化的景観の系譜学的アプローチ―』です。九七七年に建立され、後に西湖十景の一つに数えられるようになり、一九二四年に倒壊した雷峰塔を取り上げ、雷峰塔が「雷峰の夕照」と「白蛇伝」というあまり関係のない言説の系譜に属していることを指摘し、「夕照」と「鎮圧」という二つの系譜を通して、文化が経済発展の重要な資源となる時に、それ自身がどのように変化するか注目したものです。どちらの系譜においても文化支配層が文化的景観の特定意義を強調すると「モニュメント」となってしまうが、その価値共有を実現しようとすれば、「メモリアル」へと質的転換―「権威主義」から「価値共有」への転換が必要であると述べられました。

今回の講演は黒川古文化研究所の竹浪遠研究員をお招きして、「失われた唐代山水画を求めて―作品・画論・画題詩を手がかりに―」と題する講演を行って頂きました。ご講演では豊富な画像資料をもとに、中国における山水画の発展から唐代山水画を考察する手がかり(作品・画論・画題詩)について解説があり、その後具体的に海図・樹石図を題材として考察を発表され、作品・画論・画題詩それぞれに情報の残り方に特徴があり、多角的かつ総合的な研究をはかっていくことで包括的な理解ができ、絵画史を再構築できると結ばれました。

こうして此度の市大中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていったのでした。

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第62回 (2008年7月5日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
田渕 欣也(本学博士課程後期)
楊家将物語の戯曲化-元曲「謝金吾」を中心に-
梁 淑珉(本学博士課程後期)
開化期の韓国語における時間表現
馮 艶(本学非常勤講師)
茶詩にみえる茶経の投影-「水」と「薪」を中心に-
安田 真穂(関西外国語大学准教授)
嫉妬の文学-志怪にみえるその諸相-
講演
植田 均(奈良産業大学教授)
醒世因縁伝方言語彙研究-語彙整理の一方法-

内容報告

平成20年7月5日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにおいて、第62回市大中国学会が開催されました。

まず会長である松浦先生の開会の辞があり、その中で去る5月、魯迅の研究で知られる丸尾常喜先生がご逝去されたことに触れられ、丸尾先生の残されたものを大切にしながら、私たちも決意を新たに研究に尽力していかなければならないと述べられたのが印象的でした。

今回の最初の発表は、D1の田淵欣也さんによる「楊家将物語の戯曲化」でした。いわゆる『楊家将』のストーリーではもともと女傑はそれほど英雄的な扱いを受けていなかったにもかかわらず、京劇にいたってその活躍がもてはやされるようになるのはなぜか。この点に田淵さんは着目され、京劇において楊門女将の地位が確立される萌芽としての元曲「謝金吾」の分析など興味深い観点を示されました。普段の読書会では披露されない問題意識にも今回の発表で触れることができ、それも私には意義あることと思われました。

続いては、D3の梁淑珉さんによる「開化期の韓国語における時間表現」が発表されました。開化期の韓国語においては、伝統的な中国式時刻制度から日本を介して伝わった西洋式時刻制度へと変わっていく過程に伴い、時間表現にも複雑な分化・混乱が認められるとのことですが、梁さんはその現象に着目し、当時の新聞など大量の資料を丁寧に読み込んだ上で、時間表現の変遷過程を分析されました。その綿密な手法や興味深い調査結果には、会場から思わず感嘆の声があがるほどでした。

次は本学非常勤講師の馮艶さんによる「茶詩にみえる『茶経』の投影」が発表されました。陸羽『茶経』にみられる主張と後の茶書との関連、また茶書の記述が茶詩に与えた影響などに言及され、茶詩からうかがえる文人達の心の風景について興味深い分析を示してくださいました。私は先頃、詩における「洗竹」という言葉と隠遁というイメージとの関連について考える機会がありましたが、そういったことも思い出しながら茶を嗜む風景が詩に詠まれる意義などについて興味深く拝聴しました。

ここで小休止をして総会に入り、奨励賞授与、会計報告、今年度役員の承認が行われました。

午後の最初のご発表は関西外国語大学准教授の安田真穂先生による「嫉妬の文学」でした。六朝時代に発展した「女性の嫉妬」というモチーフに着目した内容で、当初は嫉妬深い皇女たちを戒める役割を担っていた小説『妬記』などが後に徐々にそのあり方を変容させ、“男性にとって都合の良い女性”に対する攻撃の書となっていくとされる過程には大変に惹きつけられました。また、そうした作品に時として例えば“義”と“廉”を体現する娼婦など、評価の決して低くない登場人物が存在しているところに、作品としてのある種の奥深さを感じました。

最後に今回のご講演は奈良産業大学から植田均先生をお招きして、「醒世因縁伝方言語彙研究」と題するご講演を行っていただきました。ご講演では、考察対象とすべき方言語彙の選定についてご説明をされた上で、その語彙の用法や釈義についての検討結果を述べられ、当て字や地理的背景といった側面が語彙形成へ及ぼす影響などについて細かな分析を余すところなくご披露くださいました。このような素晴らしい先輩方の良き伝統は是非とも受け継いでいきたいところだと思いました。

こうしてこの度の市大中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていきました。

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第61回 (2007年12月8日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
山口 博子(本学博士課程後期)
『耳食録』について
三鬼 丈知(和歌山大学非常勤講師)
金代医学思想の一側面-劉完素と張元素-
山本 範子(北星学園大学講師)
裁判と魔物-包公説話の魅力-
講演
川尻 文彦(帝塚山学院大学准教授)
清末の『自由』

内容報告

平成19年12月8日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにて第61回市大中国学会が開催されました。

最初の発表はD2の山口博子さんによる「『耳食録』について」です。清代の文言小説集の一つであり、これまで日本・中国ともに先行研究が少なかった『耳食録』を取り上げ、従来の文言小説との違いや清代文人たちの交流、文言小説という表現方法の持つ意味への考察が発表されました。

続いての発表は、前年度に卒業された三鬼丈知さんによる「金代医学思想の一側面-劉全素と張元素-」が発表されました。これまで関係が込み入って整理されてこなかった金代医学に焦点を当てて、関係を整理しようと試みた発表でした。

最後の発表は、山本範子さんによる「裁判と魔物-包公説話の魅力-」です。発表内容は、公案小説『百家公案』・『龍図公案』の魔物・妖怪の出る話を取り上げ、その特徴や包公の物語への関わり方、描写のされ方を解き明かした者でした。

今回の講演は帝塚山学院大学から川尻文彦准教授をお招きして、「清末の『自由』」と題する講演を行っていただきました。ご講演では、「自由」という概念を取り上げ、「自由」という言葉がどのように用いられ考えられたかについて、日本からの影響も含めて論じられていました。

こうしてこの度の市大中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていったのでした。

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第60回 (2007年7月7日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
城山 拓也(本学博士課程後期)
穆時英にみるリアリティの探究
方 紅(本学博士課程後期)
“僥倖”類語気副詞の機能と表現
徐 棣(本学後期博士課程)
中国系アメリカ人作家スイ・シン・ファの作品について
講演
福島 正(大阪教育大学教授)
資治通鑑散話

内容報告

平成19年7月7日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにて第60回市大中国学会が開催されました。

まず今年度から新しく会長になられた松浦先生より、開会の辞が述べられました。

初めて発表される院生三名という新鮮味あふれる今回の学会、最初の発表はD1の城山拓也さんによる「穆時英によるリアリティの探究」です。穆時英の創作の特徴の一つでありながら、これまでの先行研究の多くにおいて深く考察されてこなかった「作風の多様性」を取り上げ、特に社会的アウトローを写実的に描いた『南北極』と、実験的な作品である『ナイトクラブの五人』の違いに着目することで、その多様性に迫っていくものでした。

続いては、D1の方紅さんによる「“僥倖”類語気副詞の機能と表現」が発表されました。「幸」「幸亏」「幸好」「幸得」「幸喜」「幸而」「亏」「亏得」「多亏」「好在」といった「幸いにも」「運の良いことに」という僥倖類語気副詞の差異に注目され、これら僥倖類語気副詞をその使われる文型によって五つに分けたうえで具体的に分析を行い、特色や機能について明らかにするものでした。

最後の発表はD1の徐棣さんによる「中国系アメリカ人作家スイ・シン・ファの作品について」です。発表内容は、十九世紀末から二十世紀初頭にかけてアメリカのチャイナタウンで活躍し、華人の生活を反映した多数の作品を創作したスイ・シン・ファーは、どのように異人種間結婚をとらえていたのだろうか。この問題について、彼女の二編の作品を取り上げ、作者のこの問題に対する観点について検討を加えたものでした。丁寧な説明で、私はこのテーマについて専門外でしたが、とても理解しやすかったと思います。

ここで小休止をして総会に入り、奨励賞授与、会計報告、今年度役員の承認が行われました。

今回の講演は大阪教育大学から福嶌正教授をお招きして、「『資治通鑑』散話」と題する講演を行っていただきました。ご講演では、『資治通鑑』の遺産として、「編年体」と「紀事本末体」のご説明から始まり、「考異」の伝統、「考異」の向こうに、と話を展開されていました。分かりやすいご説明で、軽妙な語り口が印象的でした。

こうしてこの度の市大中国学会も盛会のうちに終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていったのでした。

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第59回 (2006年12月9日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
梁 淑珉(本学後期博士課程)
「時候」の歴史的意味変遷について
北野 元美(本学後期博士課程)
蘇舜欽詩の個性について
豊田 周子(本学後期博士課程)
頼和の作品に描かれた「迷信」
王 標(本学非常勤講師)
文化的実践としての読書 -李慈銘『越縵堂日記』を中心として-
講演
中原 健二(仏教大学教授)
元明における詞楽の伝承

内容報告

平成18年12月9日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにて第59回市大中国学会が開催されました。

まず、齋藤茂先生より開会の辞が述べられました。お話の中では市大の独法化に触れられ、いま大きな変化を迎え、大学生活・中国語中国文学研究室をとりまく状況にも厳しいものがあるが、あくまでも一研究者、一学生として真摯な取り組みと対象に向かう姿勢は変えないでほしいという点について特に強調されておられたのが印象に残りました。

午前の部、最初の発表はD1の梁淑珉氏による「「時候」の歴史的意味変遷について」でした。古代漢語から現代漢語に至るまでの歴代語彙資料に見られる“時候”とその類義語について、使用分布と使用状況を観察し、“時候”の「時量」を表わす用法はいつごろから使われ始めたのか、どういう変化を経てきたのか、といったことを跡付けようとする内容でした。膨大なデータを考察されたうえでの発表は説得的で、また“時候”の文法化も視野に入れて今後の研究を進めたいと展望を述べられたところに、梁氏の研究に対する強い意気込みが感じられました。

p>続いて、D3の北野元美氏が「蘇舜欽詩の個性について」と題して発表されました。蘇舜欽詩のなかでも特に蘇州以前の詩風に対象を絞られ、グロテスクな描写と聯句に対する具体的な検討を通して、彼のもつ「死」に対する情念について考察されるものでした。梅堯臣の詩風と比較した考察も興味深く、また発表全体を通して具体的に例文・試訳をあげての発表はとても分かりやすく、発表者として専門外の聞き手にも分かりやすい発表を心がけておられる北野氏の姿勢が表れていたと思います。

午前の部の最後は、D3の豊田周子氏によるご発表、「頼和の作品に描かれた「迷信」」でした。「迷信」という台湾在来の習俗を扱った頼和の作品を検討し、民衆の心象をテキストに書きとめ、文学という表現形式を用いて植民地の「近代」と格闘したこの作家の姿を明らかにしようとする内容でした。頼和の姿をテキストに基づいて細かに分析された発表内容は説得力にあふれ、豊田氏がこれまで行ってきた研究成果がふんだんに盛り込まれた発表であったのではないかと感じられました。

そしてお昼休みをはさみ、午後の部はまず本学非常勤講師である王標氏の「文化的実践としての読書-李慈銘『越縵堂日記』を中心として-」と題する発表から始まりました。この発表では、晩清の李慈銘の記した『越縵堂日記』における、特に読書に関する記述に着目し、清朝考証学全盛の「乾嘉の学」のあとに生じた知的規範の喪失に対する晩清の知識人の問題意識と、読書を通じた秩序回復の試みを、非常に多岐にわたる資料に基づいて詳細に検討されました。

続いて記念公演へと移り、仏教大学教授の中原健二先生が「元明における詞楽の伝承」と題してご講演をくださいました。ご発表では、「詞」曲の伝承が元明の間に途絶えたとする従来の見方に対する疑義、また詞学の伝承が実際にはいつまで続いていたのかという問題について先生のご見解を示されました。聴衆をひきつけるその内容もさることながら、お話の随所に、研究の仕方や文献の読み方などについて分かりやすくご説明いただく部分があり、門外漢ではあってもとても示唆・刺激に満ちた内容でありました。

以上、こうして第59回市大中国学会は盛会のうちに終了し、第二部の打ち上げへと移っていきました。

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第58回 (2006年7月8日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
南 真理(本学後期博士課程)
国家と大衆のせめぎあいの場としての中国テレビドラマ
馮 艶(本学後期博士課程)
茶詩にみる唐代茶文化の一側面
史 彤春(本学非常勤講師)
副詞「可」の構文について
三輪 雅人(関西外国語大学助教授)
嘉納治五郎と宏文学院
講演
丸尾 常喜(日本中国学会理事長)
魯迅と目連戯

内容報告

平成18年7月8日、大阪駅前第2ビル6階の大阪市大文化交流センターにて第58回市大中国学会が開催されました。

最初に会長である山口久和先生が開会の辞を述べられました。「形だけの会長ですが」とおっしゃりながらも、この学会は教員と学生の親睦の場であると同時に真剣勝負の場であることをあらためて宣言され、こちらも身が引き締まる思いでした(直前までコーヒーを飲みながら、どんなことを言おうかと考えられていたそうです)。

午前の部では、まずD1の南真理さんがD3の大野陽介さんの司会のもと、「中国家庭倫理ドラマの成立と崩壊」との題で発表されました(事前に題の変更がありました)。南さんは中国におけるテレビドラマについてのあらましを述べられた後、家庭倫理ドラマの先駆であり一大ブームを起こした『渇望』で見られた、脱イデオロギー化し伝統的美徳を兼ね備えた女性像が、後の『中国式離婚』では、価値観の多様化により伝統的美徳だけが残されたものとなったことを指摘し、伝統的儒教思想の影響による家庭倫理ドラマの変遷について考察されていました。

続いてD2の馮艶さんがD2の北野元美さんの司会で、「茶詩に見る唐代茶文化の一側面」と題して発表されました。まず馮さんは、薬用の茶や茶に関する伝説などが茶の独特なイメージを形成し、それが文人たちの美意識を触発して茶が文学作品に登場することとなり、喫茶の日常化と禅の影響により、中唐期から茶詩が頻繁に作られるようになったと説明されました。そして茶詩の本質は現実からの逃避にあるとし、文人たちの人生に対する失望・現実社会に対する不平不満を映し出したものと見られる、と結論づけられました。

お昼の休憩を挟んでから午後の部に入り、まず本学非常勤講師である史彤春さんがD1の梁淑珉さんの司会で、「副詞『可』の構文について」と題して発表されました。この発表で史さんは、中国語を母国語としない外国人には修得しにくいものとして副詞の「可」を取り上げ、ストレスを「可」の前に置く場合・「可」の後に置く場合・「可」自身に置く場合に分け、それぞれのニュアンスや使用条件について具体的な例を用いて論じられました。「可」というとただ強調だと思いがちだったのですが、ネイティブにとっては微妙なニュアンスも表し得るのだとあらためて教わりました。

次に、関西外国語大学助教授の三輪雅人先生が本学出身の大森良さんの司会のもと、「嘉納治五郎と宏文学院」の題で発表されました。三輪先生は、一般に柔道の創始者として認識されがちな嘉納治五郎の教育者としての側面にスポットライトを当てられ、当時の中国人留学生に日本語を教えた宏文学院を中心として、日本の教育界における嘉納治五郎の苦闘・活躍を説明され、若い頃からの経験と実践により彼の思想が形成されたことを述べられました。嘉納治五郎と中国との関わりは少々意外でしたが、今後このテーマをどのように発展されるのか楽しみです。

ここで小休止をして総会に入り、まず今回の奨励賞がD2の山口博子さんに授与されました。続いて昨年度の会計報告と今年度役員の承認が行われました。

そして今回のトリを飾っていただいたのは、丸尾常喜先生による講演です。テーマは「魯迅と目連戯」で、司会は松浦先生が務められました。冒頭では丸尾先生と魯迅作品との関わり、増田渉先生に師事するために市大へ来られたこと、そして市大からの「逃亡」について、ユーモアを交えて話して下さいました。続いて中国の社戯、特に孝子を描いた中国の民間劇・目連戯について説明され、魯迅作品の中にいかに社戯・目連戯からのモチーフが取り入れられているかを詳細に論じられました。阿Q正伝の構造が目連戯のパロディであるとの指摘には、なじみのある阿Q正伝がまた違ったものとして見られて、目から鱗が落ちる思いでした。丸尾先生の、長時間にも関わらず最後には椅子から立ち上がったまま熱く語られるお姿が印象的でした。

こうして今回の市大中国学会も盛会のうちにつつがなく終了し、舞台は第二部のコンパ会場へと移っていったのでした。

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第57回 (2005年12月10日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
石川 昌幸(本学後期博士課程)
蘇州時代の袁宏道の試み
大野 陽介(本学後期博士課程)
『奇襲白虎団』の改編からみる“母親”像
鈴木 康予(本学非常勤講師・COE研究員)
張天翼の短編小説-『包氏父子』を中心として-
講演
大内田 三郎(本学名誉教授)
『水滸伝』研究の現状と課題
齋藤 龍一(大阪市立美術館学芸員)
中国南北朝~隋時代の山西様式造像について-天龍山石窟の如来像を中心に-

内容報告

去る平成17年12月10日、第57回大阪市立大学中国学会が、大阪駅前第二ビル六階の大阪市大文化交流センターで開催されました。

山口先生の開会の辞の後、D1の馮艶さんの司会のもと、D1の石川昌幸さんによる「蘇州時代の袁宏道の試み」と題した研究発表が行われました。石川さんは、蘇州時代の袁宏道の交友関係を手紙や詩から考察し、また当時の詩集に収められた詩を分析することで、その文学観や蘇州での袁宏道の文学活動を明らかにされました。袁宏道の姿をさらに具体的に分析されており、石川さんのこれまでの熱心な研究成果が非常に表れた発表でした。

続いて、D2の豊田周子さんの司会のもと、D2の大野陽介さんによる「『奇襲白虎団』の改編からみる“母親像”」と題した発表が行われました。発表では、「奇襲白虎団」が数回の改編を経て、その中の母親像がどのように変化していくかを具体的な台詞を追いながら分析され、革命模範劇では、慈愛・犠牲といった慈母の母親像が描かれると同時に、また他の人物を革命へと導く雄々しい女性としても描かれてきたこと、またそこには20世紀中国における家父長制の根強さが現われていることを指摘されました。私も少し似た視点で修士論文を書いているところだったので、大変興味深く拝聴しました。

そしてお昼休みをはさんで、午後の部となりました。午後の部は、まず本学出身で非常勤講師の范紫江さんによる司会の下、同じく本学出身で非常勤講師の鈴木康予さんの「張天翼の短編小説―『包子父子』を中心として」と題する発表が行われました。鈴木さんは張天翼の多くの短編をまず分類し、その変化や傾向について分析されました。そして「包子父子」について深く考察され、張天翼が弱者をユーモラスに滑稽に描くことによって、これまで知識人によって理想化されて描かれてきた「弱者像」を批判しようとする面があったことを指摘されました。鈴木さんの張天翼の発表はこれまでも何度か拝聴する機会があり、そのたびごとに新たな視点や考察を発表されており、こちらの張天翼への理解もより深まっていく発表でした。

続いて講演に移り、大阪市立大学名誉教授である大内田三郎先生が「『水滸傳』研究の現状と課題」についてお話くださいました。始めに学部生にも分かりやすいお話をするつもりですと先生がおっしゃったとおり、新中国成立からの激しい動乱の歴史の中で水滸伝研究がどのように行われてきたのかを、大変分かりやすくお話くださいました。そのために、少し時間がおしてしまって、後半は詳しく伺うことができない所もあり、残念だったのですが、政治と文学研究の関係という興味深いお話で熱心に拝聴しました。また、先生の水滸伝への愛情が伝わってきて、研究者としての研究対象への情熱を教えて頂きました。

そして最後に大阪市立美術館の学芸員である齋藤龍一先生から「中国南北朝~隋時代の山西様式造像について―天龍山石窟の如来像を中心に―」と題した講演をして頂きました。パワーポイントを使って、具体的な仏像の姿かたちを写真を見ながら解説して頂き、仏像の頭の形や、服装、容姿を具体的に紹介して頂き、大変おもしろいお話でした。今まで日本のお寺に行って仏像を見ても何も分かっていませんでしたが、このお話を聞いてからは、仏像に対する見方がより深まるように思います。

これまで学部から幾度となく参加させていただいた中国学会ですが、今回から、私も日ごろ研究室でお世話になっている先輩方の発表を聞くことになり、研究者としての先輩の姿を見て、こちらの背筋も正しくしなければならないと強く感じた学会となりました。

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第56回 (2005年7月9日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)

発表題目と発表者

研究発表
劉 雪飛(本学交換留学生)
芥川龍之介の『上海遊記』について
山口 博子(本学後期博士課程)
『螢窗異草』について
白井 順(本学非常勤講師)
朱子学の普及と伝播-『朱子訓蒙絶句』は如何に読まれたか-

ミニシンポジウム「中国古典音楽と文学」

基調報告
齋藤 茂(本学教授)
文献研究の問題点と可能性
講演
中 純子(天理大学助教授)
李白と盛唐音楽
コメンテータ
  1. 長谷川 慎(大谷大学助手)
司会
  1. 松浦 恒雄(本学教授)

内容報告

平成十七年七月九日、第五十六回大阪市立大学中国学会が大阪駅前第二ビル六階の大阪市立大学文化交流センターにおいて開催されました。

まず、本学教授で中国学会会長の山口久和先生が開会の辞として一言二言述べられました。その中で「学部生には難しすぎる内容もあると思いますが、一つの作品、一人の人間ついて全身全霊をかけて研究している先輩方の熱意を感じてもらいたい」という旨のことをおっしゃっておられたのが印象的だったように思います。

午前の部最初の発表者は、交換留学生の劉雪飛さんによる「芥川龍之介の上海体験」。今日まで評価が貶められてきた芥川龍之介の『上海游記』を、もう一度新たな視点から捉え直して再評価をしようという内容でした。劉さんは今年8月に帰国される予定で、今発表が留学生活最後の大舞台でしたが、無事ご成功を収められたのではないでしょうか。お疲れ様でした、劉さん!!

二人目の発表者は、本学後期博士課程一年の山口博子さんによる「『螢窓異草』について」です。この発表は清朝乾隆時代に書かれ、光緒年間に発表された文言小説集『螢窓異草』について、その特色を内容の分析や『聊斎志異』との比較などを通じて分析・考察されるという内容でした。

お昼の休憩を1時間あまりはさんで、午後の部に移りました。まず、本学出身で現在非常勤講師をなさっている白井順子さんが「朱子学の伝播と普及―『朱子訓蒙絶句』は如何に読まれたか―」を発表されました。朱熹の作とされる理学詩集『朱子訓蒙絶句』がどのように読まれ、朱子学に影響を及ぼしたのかを、主に明代における絞って考察を加えるというものでした。その際、『朱子性理吟』の生成、東アジアにおける『訓蒙絶句』『性理吟』両作品の位置付けのされかたにも言及されました。

小休止をはさんだあと、総会が行われました。まず大阪市立大学中国学会2005年度役員案が提出され、拍手をもって可決されました。また2004年度大阪市立大学中国学会会計報告が提出され、こちらも承認されました。そして、会長の山口先生から奨励賞の授与が行われました。

続いてメイン・イベント、齋藤茂先生、中純子先生、長谷川慎先生による、シンポジウム「中国古典音楽と文学」が行われました。 まず、本学教授の齋藤茂先生が「中国古典音楽と文学」の研究状況について簡単な紹介をされた後、「文献研究の問題点と可能性」を発表されました。「文献研究の問題点と可能性」では、中国古典音楽の文献研究における限界と可能性を、特に文献の持つ意義を強調されつつ詳しく述べられました。

次に天理大学助教授で白居易研究をなされている中純子先生の発表が行われました。テーマは「李白と隋唐音楽―楽府と詞のはざまで」。中先生は、李白の詩を音楽とともに語ることの難しさ、李白を詞の祖として捉える見方がでてきた経緯などについて、具体的な文献を引用しつつ述べられました。

最後に大谷大学任期制助手の長谷川慎先生による「楽律・楽器から見た中国古典音楽」が発表されました。前二人の先生方が主に文学の側から音楽を掘り起こそうとなさっているのに対し、長谷川先生は音楽の側、楽律や理論などの面から報告をされました。

以上で第五十六回中国学会は滞りなく終了。舞台は打ち上げの会場へと移って行きました。

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