年度目次
- 第55回 (2004年冬)
- 第54回 (2004年夏)
- 第53回 (2003年冬)
- 第52回 (2003年夏)
- 第51回 (2002年冬)
- 第50回 (2002年夏)
- 第49回 (2001年冬)
- 第48回 (2001年夏)
- 第47回 (2000年冬)
- 第46回 (2000年夏)
- 第45回 (1999年冬)
- 第44回 (1999年夏)
- 高麗大学・鄭光先生講演会 (1999年)
- 第43回 (1998年冬)
- 第42回 (1998年夏)
第55回 (2004年12月11日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 井戸 有紀(本学非常勤講師)
- 上海の釘子戸―留学で見た上海の現状と王安憶小説の中の都市上海-
- 宮崎 順子(本学非常勤講師)
- 郭璞仮託『葬書』の成立
- 長谷川 慎(大谷大学助手)
- 楽府琴歌の縁辺
講演
- 中生 勝美(本学助教授/アジア都市文化学教室)
- 山東農村の民間文書:農民にとっての公文書
内容報告
二〇〇四年十二月十一日(土)大阪市大文化交流センター(大阪駅前第二ビル六階)において、第五十五回市大中国学会が開催されました。今回は、市大のD3、井戸有紀さん、市大非常勤講師の宮崎順子先生、大谷大学助手の長谷川慎先生といった方々の研究報告に加え、本学アジア都市文化教室の助教授中生勝美先生のご講演が行われました。
午前の部は井戸有紀さんが「上海の釘子戸―留学で見た上海の現状と王安憶小説の中の都市上海」を発表されました。井戸さんは留学中に体験した上海の現状を述べつつ、経済の急激な発展が上海にどういった影響を与えているのか教育や生活などさまざまな面から分析されました。さらに、王安憶の小説の中の描写を当地の新聞記事と照らし合わせて、細やかに考察されました。
お昼休みを挟んで午後の部に入り、宮崎順子先生が、「郭璞仮託『葬書』の成立」について発表されました。宮崎先生は郭璞の葬書を紹介し、風水の流派についてもご説明されました。そして、文献の中の郭璞と相地に関する記述も一つずつ例をあげて、分析されました。そのほかに、元刊本「新刊名家地理大全錦囊經」の構成について述べられました。現在、風水に対しての研究はほとんどフィールドワークの形で行われており、文献に基づいての研究は少ないと言うことで、宮崎先生の研究は一層注目を集めるものと期待されます。
続いて、長谷川慎先生は「楽府琴歌の縁辺」を発表されました。まず、琴が古来からどのように扱われていたのかについて、文献に沿ってお話がありました。続いて、琴という楽器の構造や演奏上の特徴を紹介されました。そして、琴歌、琴曲の分類を明示されました。質疑応答では、琴の構造とギターの構造の違いなどについての質問などがあげられました。文献から見た琴だけではなく、楽器として琴の実際の演奏方法などについてのお話もあり、大変興味深いものでした。
最後は中生先生の「山東農村の民間文書:農民にとっての公文書」が山口先生の司会で始まりました。中生先生の発表は、調査時のビデオや農村公文書などの写真をスライドを使ってご紹介され、また、フィールドワーク時の農村の人々との会話や感想など大変興味深く拝聴させていただきました。この発表は文化人類学の研究の方法や面白みを感じさせるものであり、得るところの多いものとなりました。
中文会の恒例、夜の部は午後六時より、OBの先生方も加え、盛大に行われました。二次会のカラオケでは、ふだんあまり聞く機会のない先生方の中国語の歌なども聞くことができ、大変盛り上がった学会となりました。
第54回 (2004年7月10日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 桜木 陽子(本学非常勤講師)
- 『天宝遺事諸宮調』の楊貴妃の形象について
- 秋岡 英行(本学非常勤講師)
- 内丹劇初探-蘭茂『性天風月通玄記』-
- 川口 喜治(山口県立大学助教授)
- 盛唐辺塞詩の中における高適の辺塞詩の特徴-時事報道性を視点に-
講演
- 岩本 真理(本学助教授)
- 唐話学の継承と終焉-『南山考講記』『南山俗語考』『漢語跬歩』『支那南部会話』-
内容報告
第五十四回市大中国学会は平成十六年七月十日、大阪駅前第二ビル六階の大阪市大文化交流センターにて開催された。
まず、新(仮)会長の山口先生が開会の辞を述べられた。先生は市大中国学会の歴史を振り返り、この学会の原点を紹介された。そして、ふと一度もこの場で発表したことがないことを思いだされ、退官までにこの場で発表する旨を宣言された(忘れぬようここに記す)。
午前の部、はじめに本学出身の桜木陽子さんが、同じく本学出身山本範子さんの司会のもと、発表された。テーマは「『天宝遺事諸宮調』の楊貴妃の形象について」。桜木さんは、宋金元代の語り物芸能の一種である「諸宮調」はこれまでほとんど存在を忘れられきたがもっとその作品自体が評価されても良いのではないか、という立場から具体的に『天宝遺事諸宮調』を取りあげ、その中でも特に楊貴妃の描かれ方に着目され、様々な角度から考察された。
お昼の休憩を挟んで、本学出身の秋岡英行さんが、同じく本学出身白井順さんの司会のもと、発表された。テーマは「内丹劇初探-蘭茂『性天風月通玄記』」。これまで内丹を専門に研究されてきた秋岡さんは、本発表では一文学ジャンルである戯曲を取りあげられた。そしてこの『性天風月通玄記』には、登場人物の名前などに内丹用語がちりばめられ、また内丹の仕組みを実際の地名などを上手く利用しつつ劇中で解説しているということを論じ、内容が比較的わかりやすく内丹を説いていることから内丹を伝えるための戯曲なのではないかと結論づけられた。
続いて本学出身であり山口県立大学国際文化学部助教授である川口喜治さんの発表が齋藤先生の司会で行われた(「みんなに断られて、色気も何もないが…」という愛情表現付の司会であった)。テーマは「盛唐辺塞詩の中における高適の辺塞詩の特徴-時事報道性を視点に-」。川口さんはタイトルにあるように、高適の辺塞詩を他の盛唐辺境体験詩人のそれと比較しながら考察された。そしてキーワードとして「時事報道性」という言葉を発表の中心にすえ、この意味では杜甫にも影響があるのではないかと論じられた。
小休止をおいて、総会。午前中に立派な新会長挨拶をされた山口先生に対し、総会進行役の岩本先生から「総会で承認されてはじめて会長なんですねぇ、はい」という鋭いツッコミ(この辺はさすが大阪である)もありつつ、そのまま最後に岩本先生の発表があった。テーマは「唐話学の継承と終焉-『南山考講記』『南山俗語考』『漢語跬歩』『支那南部会話』-」。岩本先生は江戸時代における中国語学習のテキストに着目され、その分類や語彙などの変遷について論じられた。また、単なる中国語教科書の変遷についての論及だけでなく、例えば、同じ『南山考講記』でも「特本」「上本」「並本」があり、学習者の階級により異なったテキストを使い、その装丁もずいぶん違うことなどの紹介もあった。
こうして、第五十四回市大中国学会は盛会のうちに終了し、二次会コンパへとうつっていった。
第53回 (2003年12月13日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 三鬼 丈知(本学大学院後期博士課程)
- 心腎相交-内丹から医学へ-
- 福田 知可志(本学大学院後期博士課程)
- 『夷堅志甲志』における夢の諸相
- 山本 範子(本学非常勤講師)
- 『張四姐大鬧東京』をめぐって
講演
- 張 猛(北京大学助教授)
- 『左伝』動詞的語義語法問題-以動詞「為」為中心的研究
- 福家 道信(近畿大学教授)
- 『辺城』のヒロインのイメージ
内容報告
去る平成十五年十二月十三日、第五十三回市大中国学会が、大阪駅前第二ビル六階の大阪市大文化交流センターにて開催されました。
齋藤先生の開会の辞のあと、本学出身で非常勤講師の白井順さんの司会のもと、D2の三鬼丈知さんによる「心腎相交―内丹から医学へ」と題した研究発表が行われました。三鬼さんは「心腎相交」の考え方が道教からダイレクトに医学へ入ってきたのではなく、運気論が媒介としてあり、心と腎が互いに上下運動し合って内丹に変わり、医学の心腎相交が成立した背景には道教という思想的土壌があったのではないかという見解を示されました。
続いて、D3の福田知可志さんによる「『夷堅志甲志』における夢の諸相」という発表がD1の北野元美さんの司会のもと行われました。福田さんはこれまで『夷堅志』を研究してこられ、今回の発表では『夷堅志』の中でも最初に編纂された『甲志』に収録された夢説話を対象にし、とくに『太平広記』に収録されている夢説話との比較もされました。占夢,夢解きの話に注目して、その特徴を指摘するとともに、作者洪邁自身の編集意図としても、夢を正確に読み解く事への不安はあるけれど、占夢は必要であると考えていたのではないかと推測されました。また、『夷堅志』にそれまでの夢説話には見られなかった新しい傾向として、夢の内容がはっきりとは判断できなかったという占夢者がいたという指摘も大変興味深いことでありました。
午後の部は、本学非常勤講師の山本範子さんが、同じく本学非常勤講師の桜木陽子さんの司会により、「『張四姐大鬧東京』をめぐって」という発表をされました。明代の『五鼠鬧東京』との比較を通して、『張四姐大鬧東京』が包公故事の新しい方向のものであると位置づけられました。そして得宝・下凡・包公故事という特徴を用いて典型的な故事をベースに、色々な有名登場人物を吸収していったことや、『太平広記』に収録されている「葦安道」という話において天女に対して夫が疑問を抱いて倒すというあらすじが、張四姐の原型ではないかという見解も示されました。
続いて、講演にうつり、北京大学助教授であり、京都女子大学でも教鞭をとられている張猛先生による「『左傳』動詞的語義語法問題―以動詞「為」為中心的研究」が始まりました。張先生は『左傳』のなかで動詞として「為」が用いられるとき、古代文献のなかでどのように語義を決定してゆくか、規則に基づいて判断し、また例外的な用例に対してはその都度「暫行判定」して考察を進めてゆくこと、他の人の異なる意見も取り入れてゆくことが大切であるとお話されました。一つ一つの用例に対して丁寧に考えていくことの大変さとその緻密な作業の重要性を強く感じました。講演が始まる前に、我らが張新民先生が、「聴力練習!」とおっしゃられていましたが、私にとってはその通り、張先生のお話になんとかついて行こうと必死のていたらくでありました…。後日岩本先生が「張先生は『左傳』を題材にしつつも、発表はパソコンを使っておられてハイテクでしたね。」とおっしゃっていました。
最後を飾られたのは近畿大学の福家道信先生で、「『辺城』のヒロインのイメージ」という講演をされました。福家先生は沈従文をご専門に研究されており、沈従文の暮らした町、風景や家族など、細やかな観察と描写を通して、その延長線上にある彼の作品にたどりつくとお話になられました。また、最近、沈従文全集が出版された話など話題を選びつつ、先生ご自身が現地で何度も見てきたこと、沈従文のご家族とのおつきあいを通して触れたものを紹介しつつ、豊富な資料と貴重な写真をもとにお話してくださいました。翠翠が今にも駆けだしてきそうな美しい風景が写真からも伝わってきて、ぜひとも鳳凰県を訪れたく思いました。
残念ながら、時間の都合上限られた時間の中ではありましたが、たくさんの興味深い発表を聞かせていただくことができてとても勉強になりました。
第52回 (2003年7月5日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 北野 元美(本学大学院後期博士課程)
- 柳宗元の植物詩
- 豊田 周子(本学大学院後期博士課程)
- 日本語作品に見る台湾人作家王昶雄の文学観 -小説「淡水河の漣」「奔流」「鏡」を中心に-
- 史彤春(本学大学院後期博士課程)
- 語気副詞「倒」字語用分析
- 謝 安琪(本学大学院後期博士課程)
- 拾骨儀礼に現れた家族制度 -台湾南部農村の事例から-
講演
- 岩佐 昌暲(九州大学教授)
- 中国現代文学の創作モデル -「暗黒と光明」をめぐって-
内容報告
2003年7月5日(土)、大阪市大文化交流センター(大阪駅前第二ビル)において、第52回市大中国学会が開催されました。今回の学会は午前10時から午後5時まで、盛りだくさんの発表でしたが、発表内容は充実してバラエティに富んでいたので、時間がとても短く感じられました。なお、今年度の奨励金は、韓艶玲さん(D3)と福田知可志さん(D3)に授与されました。
午前の部では、まずD1の北野元美さんより「柳宗元の植物詩-移植をめぐって-」の発表が、D3の韓艶玲さんの司会により行われました。柳宗元の詩については、これまで「山水詩」の解釈が中心的に行われてきたようですが、北野さんは「植物詩」に注目するという独特の視点で論じられました。それによると、(愚渓以外の)「山水詩」においては、「山水」は自分と都を隔絶する象徴であるのに対し、「植物詩」における「移植」は、植物の救済としての移植、自己の救済としての移植、善政の象徴としての移植などバリエーションに富んでいる、ということでした。よって、「山水詩」よりも「植物詩」の方にむしろ柳宗元の特徴がよく現れているのではないかという見解を示されました。
続いて、D1の豊田周子さんより「日本語作品に見る台湾人作家王昶雄(1915-2000)の文学観-中編小説「淡水河の漣」、「奔流」、「鏡」を中心に-」の発表が、D3井戸の司会により行われました。はじめに、台湾で日本語文学を創作する台湾人作家が出現することとなった背景や当時の文壇状況、並びにそうした文学に対する研究状況を確認したうえで、代表的作家である王昶雄の年譜を豊富な資料と共に示されました。作品としては、「奔流」の他、「淡水河の漣」や(活字化されていないため発表者自ら手稿を確認した)「鏡」などの貴重な初公開作品を取り上げて、その相違点や共通点について述べられました
午後の部では、まずD1の史彤春さんより「語気副詞"倒"字的語用分析」の発表が、OGの浅田雅美さんの司会により行われました。史さんは、日本人学習者が、副詞「倒」を分かったようでいて使いこなせない現状から、語用論の立場で「倒」についてさらに詳細な分析を試みられました。まず、逆接を表す「倒」、譲歩を表す「倒」、会話の推断、その他の場合に分け、それぞれの場面における例文を、「倒」の含意を補足した例文と併せて示されました。そして、「倒」の基本は「話し手が感じた予期と結果のギャップ」であり、「予期と結果のどちらを重視するか」によって文句・不満・皮肉・非難・強い意志・婉曲等のモダリティを表すと結論づけられました
つづいて、D2の謝安琪さんより「拾骨儀礼に現れた家族制度 台湾南部農村の事例から」の発表が行われました。拾骨儀礼とは埋葬後に骨を洗骨して再び埋葬する儀礼のことですが、謝さんは、誰でもこの儀礼が行えるわけではないという点に着目し、現代において誰が拾骨儀礼を主催できるかという視点から家族制度の変動を分析しようと試みられました。まず文献から漢民族の伝統的な男系の家族制度を示され、嫡子である男子が儀礼を行うのが一般的であったと指摘されました。続いて、台湾の農村でのフィールドワークをもとに、現代における拾骨儀礼の実状を紹介され、主催者の限定が緩やかになったとはいえ、今でも「男系の嫡子に拾骨させる」という伝統が根強いことを示されました。
最後の一大イベントとして、九州大学の岩佐昌暲先生より「〈光明と暗黒〉というキーワード-中国現代文学を貫くもの」の発表が、松浦先生の司会により行われました。
これまでの文学史観においては、近代文学【アヘン戦争-"五四"まで】、現代文学【"五四"-中華人民共和国成立まで】、当代文学【1949-現在】という時期区分が支配的であったが、これは政治史の時期区分をそのまま文学に適用したものであり、一理あるものの不十分なのではないかと、岩佐先生は問題提起されています。先生は、作家が作品を生み出すときには大元の「発想法」があって、作家固有の発想法の他に、作家の生きた社会や時代に起因する共通的な発想法があることから、この発想法をもとにした時期区分ができないかと考えられました。そこで現代文学の支配的発想法とは何かといえば、「現実を〈暗黒〉と〈光明〉の二項対立で捉え、〈光明〉が〈暗黒〉に打ち勝つべきであるという発想」、つまり「中国の現実は暗黒であるが、光明に満ちた社会というものがある(はずだ)」という認識でした。そこで、具体的作品(詩)の中で「光明・暗黒」をキーワードとして分析し、文学史の再編成を試みられ、現代文学時期を、(1)五四時期、(2)30年代抗日戦争期、(3)42年延安文芸座談会に分け、〈光明〉〈暗黒〉モデルの形成と確立の時期にあたるとされ、また当代文学時期は、(1)49年以後、(2)文革期、(3)新時期(79年以後と85年以後)に分けて〈光明〉(暗黒)モデルの受容の変遷を示されました。
第51回 (2002年12月14日(土)於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 王 標(本学大学院後期博士課程)
- コミュニケーションの場 隨園を訪ねて来た人々-袁枚の交友ネットワークに関する一考察-」
- 鈴木 康予(本学非常勤講師)
- 張天翼について-「金鴨帝国」を中心に-
- 森 宏子(流通科学大学講師)
- 時間副詞「剛」の表現機能
講演
- 大内田 三郎(本学名誉教授)
- 近世語研究と旧白話小説-「水滸伝」を中心に-」
- 范 伯群(蘇州大学教授)
- 関於鴛鴦蝴蝶派的重新評価問題-以徐枕亞、包天笑、周痩鵑的文学活動為中心-」
内容報告
2002年12月14日(土)、大阪市大文化交流センター(大阪駅前第二ビル6階)に於いて第51回市大中国学会が開催されました。今回は、市大院生の王標さん、市大非常勤講師の鈴木康予さん、流通科学大学講師の森宏子さんといった方々の研究報告に加え、本学名誉教授の大内田三郎先生、蘇州大学教授の范伯群先生のご講演が行われ、例年にまして内容の濃い中国学会と相成りました。また、研究発表に先立ち会長の齋藤茂先生から、財団法人橋本循記念会が中国文学に関する学術研究に対して授与している蘆北賞の学術誌部門で、今年度の受賞対象に我が「中国学志」が選ばれ、11月21日にその授与式が行われたとのご報告がありました。
午前の部はまず、王標さんの「コミュニケーションの場 随園を訪ねて来た人々-袁枚の交友ネットワークに関する一考察-」と題された研究発表から始まりました。発表は、『袁枚全集』に基づいて作成された豊富なデータに依拠しつつ、南京知識人の特有の文化を袁枚の交遊ネットワークから読み解こうとするもので、王標さんはそのようなネットワークを、南京地域社会における文化的思想的危機状況のなかで、様々な利害関係を持った人々によって意識的に形成されたものと指摘されました。王標さんの知識人に対する社会学的なアプローチは興味深く、演劇を専攻する僕もたいへん勉強になりました。
続いて、鈴木康予さんからは「張天翼について-『金鴨帝国』を中心に-」が発表されました。鈴木さんは『鬼土日記』『大林和小林』『禿禿大王』『洋涇浜奇侠』といった張天翼の作品を一貫して誇張・滑稽の要素から分析しており、今回の発表では、これら四つの小説の系譜に『金鴨帝国』を連ね、『金鴨帝国』は建国前における張天翼の集大成的作品であるという見解を提示されました。質疑応答では、鈴木さんが発表中に使用したターム(児童小説、童話、滑稽小説、風刺小説)の区別についての指摘や、童話という文学ジャンルが張天翼にとってどのように機能しているのかといった質問が先生方からなされました。
お昼休みを挟んで午後の部に入り、森宏子さんの研究発表「時間副詞“剛”の表現機能」では、森さんはまず“剛”の特徴として、明快に点的事象、終結点直後、文終止不可能、過程描写文、状態表現といったキーワードを挙げ、このキーワードに沿って“剛”の表現機能を平易な言葉と軽妙な語り口で説明して下さいました。
つづいて、D2の謝安琪さんより「拾骨儀礼に現れた家族制度 台湾南部農村の事例から」の発表が行われました。拾骨儀礼とは埋葬後に骨を洗骨して再び埋葬する儀礼のことですが、謝さんは、誰でもこの儀礼が行えるわけではないという点に着目し、現代において誰が拾骨儀礼を主催できるかという視点から家族制度の変動を分析しようと試みられました。まず文献から漢民族の伝統的な男系の家族制度を示され、嫡子である男子が儀礼を行うのが一般的であったと指摘されました。続いて、台湾の農村でのフィールドワークをもとに、現代における拾骨儀礼の実状を紹介され、主催者の限定が緩やかになったとはいえ、今でも「男系の嫡子に拾骨させる」という伝統が根強いことを示されました。
さらに「近世語研究と旧白話小説-『水滸伝』を中心に-」と題された大内田三郎先生のご講演が行われました。大内田先生はまず近世語研究を行う上で『水滸伝』を取り上げることの意義を、登場人物が一般庶民であること、白話文体であることとされ、そこから文献研究をおこなう上での注意点について、誤字、脱字、同音字の用例をあげながら説明されました。お話は版本の作製される過程にまで及び、版下原稿が刻字に至る過程に誤字が発生する一因があったと先生は述べられました。『水滸伝』は写刻本が多く、影刻本と違ってどうしても書き間違いが出てきてしまうのだそうです。また、先生は『水滸伝』が明代に多く出版されたことにもふれ、誤字・脱字を生み出す原因として、編集者による文章の書き換えが多かったからだと指摘されました。大内田先生はご講演中、少年のように目をきらきら輝かせて一心にお話をされ、質疑応答の際には参会者の意見に対し、丁寧に、また誠実に答えて下さいました。
今回の中国学会の最後を飾るのは、松浦先生の司会による范伯群先生のご講演でした。范先生は魯迅、郁達夫、謝冰心などの研究でよく知られていて、著書も『近現代通俗文学史』など多数が挙げられます。范先生の発表題目は「関於鴛鴦胡蝶派的重新評価問題-以徐枕亞、包天笑、周痩鵑的文学活動為中心-」とされ、五四運動以後の新文学作家の鴛鴦胡蝶派に対する政治的な批判に疑問を投げかけることから論を展開し、徐枕亞、包天笑、周痩鵑といった蘇州出身の作家に改めて着目することで、鴛鴦胡蝶派の再認識・再評価を試みるものでした。范先生は三作家の文学活動について言及された後、鴛鴦胡蝶派の技巧、翻訳、白話文の提唱、読者の共感を得たことなどを評価され、彼らは中国初めての職業作家であり中国文学の近代化のさきがけであると述べられるとともに、新文学作家が中国の伝統道徳に対して過度の否定をおこなったのに対して、鴛鴦胡蝶派の作家は伝統的な美徳は継承すべきとし、同時に世界的な潮流と合致しない封建的な婚姻制度などの習慣は捨て去るべきだとみなしていた点を指摘されました。范先生のご講演はすべて通訳なしの中国語でおこなわれ、范先生がゆっくりとした明朗な口調で発表されたにも関わらず、僕などは内容を把握するのに、多くの部分を松浦先生が説明される発表の要旨に頼らざるを得ませんでした。日々の精進を怠りがちな僕にとっては大いに反省すべきことであり、今後の課題でありましょう。
今回の中国学会は、研究報告が三つに講演も二本立てで、豪華な内容となりました。
第50回 (2002年7月6日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 井戸 有紀(本学大学院後期博士課程)
- 王安憶文学における『叔叔的故事』の位置
- 韓 艶玲(本学大学院後期博士課程)
- 類書と詩-『初学記』の「事対」を中心に-
- 田口晴近(本学大学院後期博士課程)
- 阮元の経学思想-『性命古訓』について-
講演
- 清原 文代(大阪女子大学講師)
- 中国語教育の現場から
シンポジウム「抗戦時期の映画と演劇」
パネラー
- 張 新民 (本学専任講師)
- 瀬 戸宏 (摂南大学助教授)
司会
- 松浦 恒雄(本学助教授)
内容報告
2002年7月6日(土)大阪市大文化交流センター(大阪駅前第二ビル6階)にて、午前10時から第50回市大中国学会が開催されました。
最初は、D2の井戸有紀さんより「王安億文学における『叔叔的故事』の位置」と題した発表がD3の範さんの司会で行われました。井戸さんは、中国当代女流作家の王安億について研究されてきて、今回は90年に発表された作品である『叔叔的故事』を取り上げ、89年の天安門事件以来の作風変化を指摘されました。王安億は、89年から1年間の休筆期を経て「四つの不要」論という答えを創作の指針として提出し、さらに歴史の縮図・典型人物としての主人公作り、起伏のないストーリー展開につとめ、主観的な意味付けを普遍化して語ることに重きをおくようになったと述べられました。発表後、鈴木さんから、作品における間テクスト性が王安億の作品内部のものなのか、他の作家から影響を受けたものなのかについての質疑がなされました。
続いて、D2の韓艶玲さんからは、畑さんの司会で「類書と詩-『初学記』の「事対」を中心に-」を発表されました。韓さんは、「事対」の平仄を調べ、『文選』の語彙と比較されました。そして『初学記』には、『文選』等の語句や故事を踏まえながらも、それを新鮮な言葉として自らの「事対」の中に取り込んでいこうとした努力のあとが伺え、それによって「事対」は、唐代詩人の律詩に斬新でリズムの良い対句を作るため、一つの模範を提供したという見解を掲示されました。
次に、現在大阪女子大学講師の清原文代さんから、岩本先生司会で「中国語教育の現場から」と題した研究発表が行われました。御自身の教鞭体験に基き、大阪女子大中国語教育の現状を取り上げ、今後の中国語教育に対する問題点、改善点などを述べられました。また、多くの情報も提供していただきました。質疑では、活発な意見交換がなされ、現状を改善することへの難しさを痛感させられました。
午後の部のシンポジウム「抗戦時期の映画と演劇」では、摂南大学の瀬戸宏先生、大阪市大の張新民先生をパネラーとして迎え、松浦恒夫先生の司会で始まりました。抗戦時期の、主に国民党統治区の演劇や映画が、歴史的にどのように展開していたのかを分かりやすく説明され、非常に興味深い内容のものでした。瀬戸先生は、三十年代は国民党政府による相対的安定期とし、経済・文化の発展のもと様々な演劇活動が行われたことを指摘されると同時に、中国旅行劇団や国立戯劇学校といった非左翼系の演劇活動の再評価を示唆されました。張先生も、「大後方」すなわち国民党統治区の映画作品に注目され、「大後方」映画は、政治的イデオロギーに同調する一面もあるが、ドキュメント色の濃厚な映像リアリズムへの探求は、後の中国映画リアリズムの発展に対して大きな意義を持った、と言及されました。
第49回 (2001年12月15日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 久田 麻実子(本学非常勤講師)
- 墓誌銘の歴史に於ける庾信の位置
講演
- 周 裕鍇(四川大学)
- 從“尚意”到“尚味”-試論宋代詩歌闡釈学重心的演変-
内容報告
2001年12月15日(土)大阪市大文化交流センター(大阪駅前第三ビル16階)で、第49回市大中国学会が開催されました。
本学大学院出身で非常勤講師の久田麻実子さんから「墓誌銘の歴史に於ける庾信の位置」と題した研究発表が行われました。そこでは、南北朝時代の文人庾信が、墓誌銘に家だけでなく、個人の記録としての役割を見出し、そこに会話や典故や美文(駢文)を導入するなどの斬新な試みが行われている点、後世(唐)の文学ジャンルとしての墓誌銘のありかたを先取りしたものである、といった見解を平明な語り口で発表されました。司会を務められたD3の浅田さんの要約も発表をなおわかりやすいものにしてくれました。ただ、質疑ではそのような庾信の位置づけについて南朝の貴族文学との関連で論じるようにとのご指摘が齋藤先生からありました。
次いで四川大学の周裕鍇先生の「從”尚意”到”尚味”-試論宋代詩歌闡釈学重心的演変-」との発表が、大阪大学の浅見先生の通訳とともに行われました。日本語で挨拶されたあと周先生は、宋代に詩の鑑賞において、詩は作者の意を汲んで読むべきだ、とする伝統的な読み方に対し、各人が思いのままに解釈してよいのだとする言説が出現することに着目され、詩歌解釈史の一局面を提示されました。そこに欧米の解釈学の枠組みを援用されるあたりに先生の柔軟さを感じ、また発表の前後に紹介された先生の著作の精細さと広大さには、圧倒される思いがしました。
第48回 (2001年7月7日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 福田 知可志(本学大学院後期博士課程)
- 『侠婦人』の物語について
- 王 標(本学大学院後期博士課程)
- 『四庫全書』における華夷観
講演
- 大岩本 幸次(本学専任講師)
- 金代の字書・韻書について
内容報告
2001年7月7日(土)大阪市大文化交流センター(大阪駅前第三ビル16階)において、第48回市大中国学会が開催されました。なお、今年度の奨励金は、加藤千恵さん(本学非常勤講師)と福田知可志さん(D2)に授与されました。
最初は、D2の福田知可志さんから「『侠婦人』の物語について」の発表が、司会はD3の山本範子さんで行われました。
福田さんは一貫して『夷堅志』を研究してこられ、今回は先頃『中国学志』に発表された論文を発展させる形で、「侠婦人」の物語に注目され、その物語のヴァリエイションについて広く文献を渉猟されたのが印象的でした。質疑では、この手の物語の時代的な変遷や、侠の社会的、歴史的あり方などについて、先輩方や齋藤先生から意見が出されました。
続いてD2の王標さんからは、D3の白井順さん司会で「『四庫全書』における華夷観」が発表されました。王さんは清代の知識人について、その思想のみならず、社会的な見地からの研究の必要を日頃から感じておられ、今回の発表では、異民族王朝の清朝がいかにその支配の正統性を語るか=語らせるか、という問題を『四庫提要』に見られる華夷観を汲み出す形で提出されました。
最後は、四月から本学に赴任された大岩本幸次先生による発表で、「金代の字書・韻書について」を岩本先生の司会で頂戴しました。先生のご専門は文字・音韻ということで、一文字一文字の字音についての繊細な目配りによる発見など字書学の妙味を垣間見させていただきました。
第47回 (2000年12月16日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 范 紫江(本学大学院後期博士課程)
- 『海上花列伝』の構成から見る執筆意図
講演
- 張 伯偉(南京大学教授 京都大学客員教授)
- 从《酒徳頌》看魏晋人的新酒徳観
内容報告
20世紀も押し詰まった2000年12月16日(土)、大阪市大文化交流センター(大阪駅前第三ビル16階)に於いて、第47回市大中国学会は開催されました。今回は、現在京都大学客員教授として来日中の南開大学中文系教授、張伯偉先生のご講演と、我が中文のD1范紫江さんの研究発表、という二本立ての構成と相成りました。進行は、まず范さんの発表が一時間弱、途中休憩を挟んで、張先生の講演が一時間半、合わせて三時間にわたって行われました。
范紫江さんの発表題目は、「『海上花列伝』の構成から見た執筆意図」です。司会は、同級の不肖福田が務めさせていただきました。
『海上花列伝』は、上海の妓院を舞台にした様々な人間模様を描く、呉語によって書かれた清末の長編小説として知られています。范さんは、全74回の『海上花列伝』のうち、特に38回~54回にかけての「一笠園」の部分に着目しました。そして、この部分では、風物と人物の描写が、他の上海の妓院のそれと比べて対照的かつ理想的であることから、ここに、作者の理想とする文人趣味への傾倒ぶりと、真の文人が事実上閉め出された妓院の現実に対する不満が読みとれる、と指摘されました。
質疑応答では、斎藤先生の提言、「一笠園」の構成上の意味について、「文人に対する皮肉・風刺は読みとれないか」「『紅楼夢』の「大観園」は意識されていないだろうか」を初め、複数の方から貴重な意見をいただきました。
張伯偉先生の講演題目は、「从《酒徳頌》看魏晋人的新酒徳観」です。司会は、斎藤先生が務められました。なお、講演は中国語で行われました(通訳なし)。
中国文学の題材として、酒は欠かせない存在であり、中国文学を専門に研究しない人でも、陶淵明や李白などの名やその作品を即座に思い浮かべるでしょう。張先生は、魏晉の竹林の七賢の一人、劉伶の「酒徳頌」を取り上げ、ここに描かれた「酒」の「徳」とは、飲酒によって快楽・養生を経て、天真、道に至らんとする道家的酒徳観であり、漢代の作品に見られるような、それまでの「礼楽」の一活動として「飲酒」を捉え、戒めを主体にした儒家的酒徳観とは異なる、「新酒徳観」であると結論づけられました。質疑応答では、張先生の話しぶりがはきはきとして実に明朗だったことも手伝って、参会者から盛んに意見が提出され、張先生も笑顔を交え熱心に答えてくださいました。
第46回 (2000年7月1日(土) 於大阪市立大学医療研修センター あべのメディックス7階研究室C)
発表題目と発表者
研究発表
- 井出 克子(本学大学院後期博士課程)
- 中国語の五感表現について-共感覚に基づく比喩を中心に-」
講演
- 竹内 誠(京都外国語大学助教授)
- 清末実事小説「春阿氏」について
内容報告
去る7月1日、天王寺あべのメディックスにおいて 第46回市大中国学会が催されました。今回は、本学D1井出克子女史による研究発表「中国語の五感表現について-共感語に基づく比喩を中心に-」と、京都外国語大学の竹内誠先生による「清末実事小説《春阿氏》について」という講演が行われました。
まず、井出女史の発表は、中国語における五感表現には共感覚に基づく比喩表現が少ないのではないか、という点に着目し、その理由を「感覚共有語」の存在によるものであると結論づけるものでした。この「感覚共有語」というのは井出女史の造語で、基本義の中に二つ以上の五感表現を兼ね備えている語を指し、「亮」「辣」「香」「酸」「脆」などがそれに当たるとして、用例を挙げて説明してくれました。
直前まで「悪あがきします」といって緊張していた人とは思えぬほど、井出女史は発表中堂々としていました。途中、電灯が何度か消えるハプニングがあったにもかかわらず、井出女史は司会者に「森さんっ!?」などとツッコミをいれる余裕を見せていました。1時間を超える発表質疑の間、彼女は終始立ちっぱなしのままで、彼女のあり余る体力と岸和田女魂を感じさせてくれました。
質疑応答では多数の方々から質問が出され、かなり具体的で突っ込んだ内容の質疑が相次ぎました。更に司会者である森宏子女史の軽快な進行も盛り上がりに拍車をかけ、大変充実した研究発表となりました。
休憩を挟んで、松浦先生の司会による、竹内先生の講演が行われました。竹内先生の講演では、実際に起こった事件が小説化された《春阿氏》ついて、内容を始め、その版本や成立過程など詳細な調査を話して下さいました。
《春阿氏》は公安小説と探偵小説との要素を併せ持つ形式の章回白話小説である。「春阿氏事件」は、不当な判決によって夫殺害の冤罪を着せられた妻が獄死し、真犯人である妻の幼なじみも後追い自殺するという1906年5月に実際起こった事件である。この事件における捜査側に対する抗議が「京話日報」という新聞に載って大事件となり、その後《春阿氏》はその「京話日報」に連載されることとなる。
版本の問題として新聞連載をそのまま本に綴じたものと洋装本で出版されたものとの差異を先生は指摘されました。また《春阿氏》の流布の問題として、現在に至るまで老北京の語りぐさとなり戯曲やテレビドラマ化される話となっているという調査を説明して下さいました。
竹内先生は、手品師のように演壇の下から次々に資料を取り出して公演中に見せてくださったり、実際に事件現場を歩かれた話をしてくださったり、老北京の生活に思いを馳せる大変おもしろい内容でした。
続いて行われた総会では、今年度会長である齋藤先生から、大学院前期博士課程の9月入試のお話がありました。また岩本先生より、委員の承認と会計報告がありました。最後に、今年度は久田麻実子・秋岡英行・葉豊・白井順の四名に奨励金が授与されました。
第45回 (1999年12月18日(土) 於大阪市立大学医療研修センター あべのメディックス7階研究室C)
発表題目と発表者
研究発表
- 白井 順(本学大学院後期博士課程在学中)
- 復卦の思想-李翺から程伊川へ-」
講演
- 王 占華(北九州大学助教授)
- 換喩認知模式等と中国語の文法研究
内容報告
去る1999年12月18日(土)、あべのメディックス(大阪市立大学医療研修センター)に於いて、第45回中国学会が開催されました。今回の会場は通常の大阪市立大学文化交流センター(大阪駅前第三ビル16階)ではなかったため、窓から観覧車を眺めることはできませんでしたが、いつもとは違った部屋で新鮮な感じのする中国学会であったような気がします。
まず、今回研究発表をなされたのは白井順さん(D1)で、タイトルは「復卦の思想-李翺から程伊川へ-」でした(司会:畑忍氏(D2))。常々「人前で話すのが苦手なの」とおっしゃっている白井さんは終始緊張した面もちでしたが、それをカバーするには充分すぎる程の丁寧な資料をご用意され、とても内容の濃い発表であったと思います。また、ご用意された資料には綿密に作られた表や豊富な図が盛り込まれ専門外の人にもわかりやすいものとなっており、このような所からも白井さんのこまめな性格が伺えたのではないでしょうか。
質疑応答では三浦先生と山口先生からのご意見をいただき、今後、白井さんご自身の造語でもある「復卦の思想」というテーマに対するさらなる研究結果が期待されます。
十分程度の休憩を挟み、ひき続いては1999年9月から北九州大学助教授に転任された王占華先生の御講演「換喩認知模式等と中国語の文法研究」が行われました(司会:岩本真理助教授)。「緊張してます」と、いつもユーモアを忘れない王先生らしい一言で始まった御講演は、細かい分類や的確な用例等、認知言語学入門といった感じの非常に丁寧でわかりやすいものでありました。また、後半にはホワイトボードも大いに活用して説明をなされ、たいへん熱気のこもったものとなり、あっという間に二時間以上が過ぎてしまいましたが、その間中ずっと立っておられた王先生のお姿もたいへん印象深いものでした。
時間の都合上、最後の方はかなり急ぎ足となってしまったのが非常に残念ではありましたが、二時間という時間を全く感じさせない、聴講者を引き付け納得させる御講演であったと思います。
最後に、第二部は“吃魚太郎(魚太郎に食事をしに行く)”して大いに盛り上がりましたが、この“吃魚太郎”の文法的説明については王先生の御講演に詳しいので、そちらをさんしょうしていただきたいと思います。
※「魚太郎」は今回の二部の会場となった店の名前です。決して「魚太郎を食べる」ではありません。
第44回 (1999年7月3日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 畑 忍(本学大学院後期博士課程)
- 浄明道革新の士 劉玉の呪術教法批判
- 張 新民(大阪外国語大学非常勤講師)
- 三十年代の軟性電影理論について
内容報告
去る7月3日、大阪駅前第三ビル16階・大阪市立大学文化交流センターにおいて、午後二時より第44回中国学会が開催されました。
まず、最初は本学D2の畑忍氏による「浄明道革新の士 劉玉の「道法」観」の発表であり、司会は本学D3の加藤千恵女史によって進行されました。その題目が示す通り、かなりマニアックな内容であるにもかかわらず、自信満々に淡々と進められる畑氏の姿は「大物」という評判を裏付けるものでありました。畑氏は一貫して浄明道士劉玉の研究をしてこられ、今回の研究発表は「符(おふだ)」を用いた道法に注目し、時代背景・流派を考慮して秋月觀暎氏の先行論文を批判し、更に劉玉における雷法の合理化に言及するものでありました。質疑応答では、三浦先生から訓読や先行論文に対する批判点などに関して幾つかご指摘をいただきました。また、山口先生からは、畑氏自身も認識しておられる、宋学との関係についてのご指摘をいただきました。
次に、本学OBの張新民氏による「三十年代の「軟性映画論」について」の発表が行われ、司会は本学M1の勝呂崇史氏によって進行されました。張氏は、問題意識として「軟性映画」と「軟性映画理論」とは何ぞや、「軟性映画理論」は政治的イデオロギーの映画理論なのか、「軟性映画理論」と芸術性とのバランスはどうであるかの三点を挙げられました。そして、映画産業の歴史的背景と政治的背景を踏まえた当時の映画理論を列挙し、観点の違いを明らかにし、中国における映画理論において「軟性映画理論」は映画独自の技巧を重視し追求する芸術論である、と結論付けられました。質疑応答では、齊藤先生からなぜ軟性映画は再評価されないのか、松浦先生から外来理論であるモンタージュ理論などを当時の彼らがどのように受け止めていたのか調べる必要がある等の指摘をいただきました。結局「軟性映画」とは何であるか、現在見ることが可能なのか、という王占華先生からの質問には張氏同様、中国映画研究をされている関西大学の好並さんからの助言をいただきました。結局、三十年代の映画はすべて政治的意識を強調する硬性映画であり、現在は軟性映画をほとんど見ることが難しいそうです。内容としては、好並さんによると、恋愛すれ違いものが多い、とのことです。
畑氏、張新民氏いずれも、我々が普段深く関わることの少ない分野の研究であったため、貴重な学恩を賜りました。また、二部の席では、張氏が嘗て劇団に所属していたことや映像製作に携わっていた過去を暴露していただき、大いに盛り上がりました。
また総会では、一昨年度より始められた大阪市立大学中国学会賞を廃止し、代わりに『學志』の若手執筆者に対して、奨励金を授与する案が提起され、承認されました。
鄭光先生(高麗大学)講演会 「元代漢語の〈旧本老乞大〉」
(1999年6月6日(土) 於大阪市立大学商学部会議室)
内容報告
去る6月6日(日)午後二時より、大阪市立大学商学部会議室に於いて、鄭光先生(高麗大学)の講演会が行われました。当日は予想を超える聴講者にお集まりいただき、用意していた席が足りずにパイプ椅子を運び込んだりレジュメを追加コピーしたりと、少々慌ただしくはなりましたが、始終和やかな雰囲気の中、盛会に終わりましたことを大変嬉しく思います。
講演会では、三浦先生の司会のもと、今回新たに発見された〈老乞大〉(以下〈旧本老乞大〉)の紹介がなされましたが、この〈旧本老乞大〉は、現在確認されているどの〈老乞大〉よりも古いものであり、高麗末に作られ朝鮮初期に刊行された原本に近いものということで、発表が進むにつれて、今回の発見が中国語学研究にとって大変貴重なものであったことを実感させられるものでした。
そもそも、元との接触が盛んになってきたことを背景として作成された、中国語学習者のための中国語会話教材である〈旧本老乞大〉は、〈朴通事〉とともに朝鮮時代の司訳院に於ける漢語教育でもっとも重要であった教科書の一つです。会話教材という性質もあって、その時代により適した中国語・文章内容に書き改める必要性があるため、〈老乞大〉には時代と共に修訂本が出版されており、何度かの修訂を経ながらも長い間使用され続けてきた〈老乞大〉のそれぞれの版本を比較することで、中国語の変遷を見ることができるのです。さらに重要なことは、今回発見された〈旧本老乞大〉とこれまで確認されていた〈老乞大〉と併せると、高麗後期に司訳院が設置されて以来の、元・明・清代の北京語資料が出揃ったということです。
このような貴重な資料をテーマとした今回の発表では、〈老乞大〉の編纂・刊行の歴史に始まり、〈旧本老乞大〉と崔世珍の手によって翻訳された中宗十二(1517)年頃に刊行されたと考えられる〈翻訳老乞大〉との間にみられる漢語の差異についての詳細な比較結果が発表されましたが、実際に対応させて比べてみると、改めて変化の大きさに驚かされました。さらに、〈旧本老乞大〉は元代の北京語を、〈翻訳老乞大〉は明代の北京語を反映していることから、特に前者に見られる元代の北京語と思われる語彙を取り上げて、比較検証されました。また、〈老乞大〉は本来蒙古語で編集され、それが元代の中国語に翻訳されたのではないか、という疑問が見いだせるとの見解が出されるなど、さらなる研究課題が提出された発表でもありました。
そして鄭光先生による一時間半程の発表の後、10分程の休憩を挟んで、約一時間に渉って活発な質疑応答が繰り広げられました。質疑応答では、三浦先生に代わって金文京先生(京都大学人文学研究所)が司会兼通訳をなされましたが、質問者に対して金先生が答えてしまうという場面も見られるなど、緊張感の中にも時に笑いの出る雰囲気の中で、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
今回、このような講演を聴講させていただき、大変貴重な時間を過ごさせていただきましたが、さらに、朝鮮語・中国語だけでなく日本語文献が多数用いられていることに加え、流暢な日本語での御講演をなされた鄭光先生の博学に圧倒され、自らの研究意欲に強い刺激を受けた一日でもありました。また、今回の講演は、他の研究者に対して「今後、さらに他の重要文献も発見されるのではないか」という期待を与えて下さった講演会であったと思います。
最後に、講演会の後で杉本町の「天香」(中華料理店)で懇親会が行われ、こちらにも聴講者の半数近くの方が御参加下さり、講演会とはまた違った雰囲気の中、それぞれの研究についての意見交換や研究を離れた交流を深められたのではないでしょうか。
第43回 (1998年12月12日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 浅田 雅美(本学大学院後期博士課程)
- 主述補語文について
- 櫻木 陽子(本学大学院後期博士課程)
- 二つの『竇娥冤』の世界-古名家本と元曲選本の違い-
- 池平 紀子(本学大学院後期博士課程)
- 偽経典『占察善悪業報経』に見られる懺法について
講演
- 佐藤 晴彦(神戸市外国語大学教授)
- 「脈望館鈔校本古今雑劇」について
第42回 (1998年6月27日(土) 於大阪市立大学文化交流センター)
発表題目と発表者
研究発表
- 鈴木 康予(本学大学院後期博士課程)
- 張天翼の初期作品について-『鬼土日記』を中心に-
講演
- 山崎 雅人(本学助教授)
- 周縁と中心
- 羅 時進(蘇州大学教授 花園大学客員教授)
- 唐代寒食詩歌的二重意趣闡釈-兼対所謂杜牧「清明」詩的弁偽-
