『中国学志』総目次 :乾号(1986年)~大有号(1999年)

号目次

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大有号 (第14号/1999年)

葉 豊
真人は夢みず-道教の夢理論に関する一考察-
久田 麻実子
墓誌銘の成立過程について-北魏墓誌名の意義-
白井 順
復卦の思想-李翺の「性」論と易-
秋岡 英行
翁葆光の内丹思想
張 新民
「軟」「硬」映画論争の再認識-中国映画リアリズム理論の発展を通して-
森 宏子
“這項工作由我負責”-介詞“由”の意味機能再考-
川口 喜治
高適研究論著目録
垣内 智之
中国宗教研究と電子文献
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十二)
中朝研究室だより

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要旨

葉 豊
真人は夢みず-道教の夢理論に関する一考察-

道教にとって夢とは何か。道教徒にとって夢と修行との関係はどんなものなのか。道教の夢について語る時に、多くの人々はまず夢占いや、夢占いに伴うシャーマニズム的な夢の扱い方を想起するだろう。本論はこのような視点とは別に、道教経典に見られる夢発生の原理やメカニズムに対する認識を細かく検討するとともに、その認識の源となる哲学思想や医学思想にまで遡って考察し、「真人は夢みず」という言葉に象徴される独特な夢否定論が道教によって生み出されたと結論づけた。

「真人は夢みず」は『荘子』にあらわれる言葉。筆者の考えでは、道教は『荘子』のこういった発想を原点に、黄老道家に深く関わっている『内経』医学の夢病理説を経て、六朝に至って「神格化された気」をベースに一種の独特な夢否定論を形成させたのである。隋唐以降、道教は内丹など新しい道を切り開いたにもかかわらず、この種の夢否定論は引き継がれていった。

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久田 麻実子
墓誌銘の成立過程について-北魏墓誌名の意義-

死者のために作られる石刻は墓碑、墓記などの数種に及ぶが、これらが盛んに作られるようになったのは漢以後のことである。なかでも死者の生前の業績を顕彰する目的で作られて墓碑は、後漢末期には儒教の形式化にともなって過度の碑が建てられるようになった。厚葬の行き過ぎは人々を疲弊させ、そこで時の権力者であって曹操が立碑の禁を発した。西晋以後地上に建てられる碑は姿を消し、変わって登場するのが、柩とともに埋められる墓誌銘である。これが墓誌銘のもととなったと考えられる。では墓誌銘はどのような変遷過程を経て、隋唐以後のような形式になったのか。

南朝においては、碑の内容はそのままに受け継ぎ、時代とともに外形のみ変化をした。これに対して、北朝では北魏孝文帝期に遷都に伴って漢化政策を行い、そのためか、死者の記録を目的に柩のそばに置く墓誌銘がつくられた。これが墓誌銘といわれる形式の完成である。墓誌銘は北朝で完成し、発展していった分野である。

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白井 順
復卦の思想-李翺の「性」論と易-

李翺の著作には韓愈との共著とされる『論語筆解』や「復性書」があり、本稿はそれらの資料を用いて、李翺の「性」論における復卦を中心に述べるものである。筆者は李翺の「性」論の独自性は『周易』にあると考えており、本稿は六朝の玄学的解釈である王弼復卦中「復とは本に返る」と、乾卦文言傳「情を性にす」とを一つの「性」論として新儒教主義的な方向付けをしたのが、李翺の「性」論であると考えるものである。李翺の「性」論は、「情を性にする」という不善な嗜欲である情に気付き善に改めて二度とその不善を繰り返さないと言うことであり、更に「本に返る」という完善なる仁の絶え間の無い修養をして道から外れないようにして「誠」に至るということである。李翺は単なる卦の一つであった復卦を中庸篇などの経書に当てはめ、万人の後天的な修養の可能性を説くという「性」論に位置づけた。王弼は乾卦文言傳「情を性にするなり」と復卦「本に返る」との関係付けはしていないし、思想的にこの二句に繋がりがあるとは言っていない。しかし、李翺はこの二つの区を関連付け、復卦固有の意味付け、つまり修養論としての方向性を明確に打ち出したと、筆者は考えるのである。

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秋岡 英行
翁葆光の内丹思想

翁葆光の内丹の過程についてみてみると、最初になすべきこととして、丹室を造り、壇を築いて儀礼を行うことが説かれている。儀礼の後には、内丹の第一段階として、先天の陽気を「外」(女性を指す)から採取し、丹の芽を結ぶ功夫が行われることが説かれており、これによって翁葆光の内丹が「陰陽双修派」に分類されることがわかる。

次に第二段階として、周天功によって丹を養い育てる功夫が行われる。これを「金液還丹」と呼ぶが、この過程は胎児が母体内で十ヶ月間育てられることに擬えられている。  最後に第三段階として、面壁九年に象徴される禅宗の修行法によって精神的修養を行う「九転金液大還丹」の功夫が説かれる。

このほか翁葆光自身は内丹の過程に加えてはいないが、第一段階の女性から先天の陽気を採取する前に、欲望をなくすための「錬心」の功夫が必要であるとされている。それは男女の交わりを伴う「陰陽双修派」丹法にとって、情欲を持ったままでは、通常の生殖行為と同じ事になってしまうからである。

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張 新民
「軟」「硬」映画論争の再認識 -中国映画リアリズム理論の発展を通して-

従来の映画研究においては、1930年代の「軟性映画理論」に対して、反「左翼映画」理論として、政治的批判以外には、その理論の内容について、研究が殆ど行われていなかった。このような局面を打開する意味で、本稿は、「軟」「硬」映画論争を中心に、映画リアリズム理論の発展という視点から、当時の資料を整理、分析し、劉吶鴎の映画芸術論、特に穆時英の「主観的」リアリズム理論を評価した上で、「軟」「硬」映画論争を通して、個人の主観を強調する「主観的」リアリズム理論と階級の主観を強調する「主客観」リアリズム理論の二つの理論体系が誕生し、中国映画リアリズム理論を大きく発展させたことを再認識した。

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森 宏子
“這項工作由我負責”-介詞“由”の意味機能再考-

前置詞“由”には「動作の主体を示す」という用法がある。タイトルにあげた用例がそうである。“由”が導く動作主はその動作行為の責任者・執行者であるというのがほぼ定説となっているが、ではなぜ責任者や執行者が“由”で導入されねばならないのだろうか?それは“由”のどのような性格に起因するものなのだろうか?

本稿は、“由”が導く動作主はその動作行為の責任者・執行者であるという通説を認めつつも、次のような独自の考えを示した。この種の用例に共通することは、こちら側に代わって、より適切な者から行為がなされるという発想であり、“由”が導く動作主とは「行為実現の労をとる主体」というのが妥当的である。それは “由”の「経由」意識が反映されたものと思われる。ところが、“電灯是由愛迪生発明的”(電灯はエジソンが発明した)のような用例は「経由」意識の反映とは言いがたく、この動作主はその行為の発生源、つまり「由来」というべきもので、むしろ「起点」意識に傾きがある。

そこで、“由”は「経由」と「起点」という2つの大きな意味からなると仮定する。それは次のような点からも支えられる。辞書的な記述によれば、“由”には動作主を導く用法のほかに、“丁力的朋友是昨天由新彊来的”のような「起点」の用法と、“那個国家的代表団由十五人組成”のような「構成する成分を示す」という用法がある。「起点」に関しては言うまでもないが、構成する成分を示す“由”は経由意識が反映されたものである。

“由”の意味は「起点」と「経由」からなり、その交差部分は両者にとっての周辺的な領域、「由来」である。「起点」と「由来」の相違は、「起点」が常に「着点」指向の外向きのベクトルであるのに対し、「由来」は内省的な内向きのベクトルであるように思われる。

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礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十二)

本稿は『礼記正義』檀弓篇巻六、十八葉表「曾子寝疾病」章、及び十九葉表「始死充充如有窮」章の経・注・経典釈文・正義の訳注である。経・注・釈文・正義の順で、それぞれに訓読と現代語訳(釈文は訓読のみ)を掲げた。正義を精読して訳注を施し、それに基づいて経および注を解釈した点が本稿の特徴である。

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同人号 (第13号/1998年)

葛 兆光/池平 紀子 訳
道教における性の儀礼-道教過度儀の思想史的研究-
藤井 京美
蘇洵論
畑 忍
元代浄明道の革明の士 劉玉の倫理思想
藤野 真子
欧陽予倩『潘金連』論-最後の自作自演京劇-
鈴木 康予
張天翼 -『鬼土日記』を中心に-
山崎 雅人
『一百条』と『清文指要』に関する編集の問題
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十一)
中朝研究室だより

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要旨

藤井 京美
蘇洵論

蘇洵は対象を制御する術を追究した。政治・軍事に関する立論においては、法家・兵家・縦横家の説を援用し、六経を論じては、聖人を徳による強化を行う者ではなく、術をもって万民を制御する者と見なした。後世の儒者から批判を受けたこれらの立論の根底に共通するのは、術の有効性に対する飽くなき追究であり、現実に対する蘇洵の冷静な観察眼であった。

また蘇洵は、人材登用を論ずる場合においては、才能をきわめて重んじ、かつ卓抜した才能の士の現今における冷遇を嘆く。そこには己れの才能に強い自負を抱きつつも、試験に落第し、長らく不遇のうちに在った蘇洵自身の姿が反映されている。蘇洵は治天下を論ずる際には、万民を統御するため、君主は礼や刑や法が必要であると説くが、卓抜した才能の士は、礼刑法によっては制御できず、ひたすら厚遇によって、才能を発揮せしめよとする特異な論を展開するまでに至るのである。

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畑 忍
元代浄明道の革新の士 劉玉の倫理思想-『浄明忠孝書』を中心に-

本稿は、浄明道の教理哲学に対する革新運動を行った劉玉の思想、就中、倫理思想を中心に考察を行い、彼の思想の意義、換言すれば、「浄明忠孝道」教団の教理哲学の意義について、従来との差異をも視野に入れつつ論じたものである。

劉玉の思想を解明するに当り、彼の思想の中心概念である「浄明」と「忠孝」の広・狭両義の抽出を行い、そこに自己の内面に対する徹底した忠実さ(忠孝)を実践し、「道」と形容しうる本来的なあり方(浄明)に復帰すべきであるとする思想があることを見て取り、さらにこの理論の根底には、人人の「心天(心の中の理)」と「天心(天理)」との間に相関関係が存在することを指摘した。

これらの諸概念をもとに、劉玉は「忿りを懲らし欲を窒ぎ、理を明らかにして心天を昧まさ」ないことによって「浄明」なるあり方を実現すべきであると主張していると読み取り、彼の思想の意義の一つに、道教教団の教理哲学における道教的色彩の払拭と儒家(朱子学)的思惟の積極的な需要があると考えた。

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鈴木 康予
張天翼-『鬼土日記』を中心に-

『鬼土日記』は1930年、南京『幼稚』週刊に掲載された、張天翼による最初の長編小説である。

張天翼といえば、一般的には1928年「三天半的夢」の発表以降、精力的に創作活動を行った左翼作家として知られている。ただその為か、若き日に彼が鴛鶯蝴蝶派の雑誌へ作品を投稿をしていた事実、及びそれらの雑誌に掲載された作品は、多くの場合、触れられることすら稀だった。しかし、鴛鶯蝴蝶派雑誌に投稿した作品において彼が展開した滑稽な世界―その滑稽さこそ、彼の作品世界を特徴づける要素であり、彼の諷刺性を支えるものと思われる。本稿では1922年から30年までに書かれた作品を扱い、その作風ごとに整理、張天翼の作家としての成長を追うとともに、その間の作品の集大成ともいえる『鬼土日記』がどのように成立したのかを、魯迅『阿Q正伝』及び左連による文芸大衆化運動の影響を交えつつ論じた。『鬼土日記』に関しては作品論とは言い難い面もあるものの、その諷刺性については多少なりとも明らかにできたのではないかと思う。

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礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十一)

本稿は『礼記正義』檀弓篇巻六、十六葉裏「魯人有朝祥而莫歌者」章、及び十七葉表「魯荘公及宋人戦于乗丘」章の経・注・経典釈文・正義の訳注である。経・注・釈文・正義の順で、それぞれに訓読と現代語訳(釈文は訓読のみ)を掲げた。正義を精読して訳注を施し、それに基づいて経および注を解釈した点が本稿の特徴である。

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否号 (第12号/1997年/大内田三郎教授退任記念号)

秋岡 英行
陸西星研究序説
加藤 千恵
道教における「胎」の概念
花登 正宏
反切の実際的研究序説
内田 慶市
関於“西学東漸”与近代日中欧語言接触研究的方法
森 宏子
目的表現の多様性-情報構造の視点から-
井澤 耕一 編
近五年王安石研究文献目録
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十)
中文研究室だより

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要旨

加藤 千恵
道教における「胎」の概念

『抱朴子』によると、母胎内で神仙の気を受けた者だけが神仙になれるとあるが、『抱朴子』以後の道教は“自己の力による受胎のやり直し”によって、この命定説を乗り越えようとする。

人は胞胎によって生まれてくるが、生まれた後はそれが結ばれてしまい、病や死の原因となる。まずはこの「結」を存思によって解き、次に、自己の体内で、気や液をめぐらせて「胎」を養う。この「胎」は、体内神でもあり、自分自身でもある。

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礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十)

本稿は『礼記正義』檀弓篇巻六、十四葉裏「晋献公将殺其世子申生」章の経・注・経典釈文・正義の訳注である。経・注・釈文・正義の順で、それぞれに訓読と現代語訳(釈文は訓読のみ)を掲げた。正義を精読して訳注を施し、それに基づいて経および注を解釈した点が本稿の特徴である。  なお、今回より従来の凡例に改訂を加え、内容をさらに充実させた。

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泰号 (第11号/1996年)

鈴木 正夫
『スマトラの郁達夫』をめぐって
緒方 賢一
朱子の国家再生の試み
安田 真穂
文言小説における再生譚に関する一考察-『太平廣記』を中心に-
山本 範子
『封神演義』に見る近代文学への萌芽-申公豹を中心に-
王 占華
従日漢機器翻訳軟件看話語的理解与再現
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(九)
中文研究室だより

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要旨

鈴木 正夫
『スマトラの郁達夫』をめぐって

1995年5月、東方書店から上梓した拙著『スマトラの郁達夫』の執筆、出版にまつわるいわば舞台裏を、学生諸君の参考にとの意図で書いたものである。内容はほぼ以下の通り。

(1)たまたま『郁達夫資料』の共同編集に携わっていた院生時代に、郁達夫が戦時中潜伏していたというスマトラに駐在していた日本人に出会った。

(2)それを手がかりに調査を続け、郁達夫と接触のあった多くの日本人と連絡がとれ、彼の失踪の真相も知りえたが、事情あって当時は概略の発表にとどめた。

(3)その約17年後、郁達夫に関する学術討論会への招待状を受けとったのを機に、彼の殺害命令を下した元憲兵に自供させ、それを中国で発表した。そして郁達夫のスマトラ潜伏生活とその失踪の真相をなるべく詳細に記録し、1冊の本にまとめた。

(4)1996年6月30日に、NHK衛星テレビで放映された郁達夫に関する番組について。

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緒方 賢一
朱子の国家再生の試み

金の侵攻によって、宋朝は存亡の危機を迎える。国境は絶えず脅かされ、国内では講話派と主戦派とが対立、国勢も一定しない。かような状況下にあって、朱子(1130~1200)もその時々に応じて、あるべき国家の再生を図って具体的な言葉を発し続けた思想家の一人であった。本論文では、論点を(1)華夷観念と国境、(2)郷村観念と共同体の二つに絞った。(1)は中国が「中国」でなくなる境界、(2)は最終的には国家を構成する社会が「社会」であり得る境界に位置するという点において、共に「国家」と呼ばれる領域の周縁部分に展開する概念である。「国家」はそのような他者の前でこそ自らの性格・機能を表現する。朱子は、この二つの領域と観念とが今、まさに瓦解しつつある過程にあると捉え、その建て直しに努めた。彼は「礼」の再解釈・再構成を通して、国家社会の再創造を試みたのである。だがそれが実現されるのは、彼の死後遠く明代に入ってからのことである。

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安田 真穂
文言小説における再生譚に関する一考察-『太平廣記』を中心に-

従来、再生譚については、冥界訪問譚や借屍還魂の話を中心に研究が進められてきており、地獄巡りの話における仏教の影響や、冥界に現世の官僚体制の反映が見られること等の問題が指摘されている。

これらの既に指摘されている問題をふまえた上で、第一章「基本構造と内容分析」では、話の筋を(1)冥界へ行く方法、(2)冥界に呼ばれた理由、(3)冥界での出来事、(4)再生できた理由、(5)現世へ帰るための手続きの五つの要素に分けてさらに詳しく分析を加えた。

そして第二章では、従来あまり顧みられなかった「冥界からの帰り道」に焦点を絞って再生譚を見なおした。第一節では、現世に帰る手続きの中でも特徴的であった、再生が決まった人の身体につける「印」の役割について検討した。また第二節では、帰り道に登場する「店」について、その存在意義を考察した。その上で第三節において、再生譚が愛情を主題とした小説にどのように関わるのか、自分なりの結論を導いた。

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山本 範子
『封神演義』に見る近代文学への萌芽-申公豹を中心に-

『封神演義』は明代末の作品とされる神魔小説である。殷周革命時の武王伐紂伝説を軸とし、神仙・道士・武将たちが入り乱れて殺し合う話である。従来、『封神演義』の研究は人物論や宗教論の面から盛んであり、文学の面からはほとんど評価されてはこなかった。本論では、特異な存在である申公豹に視点をすえ、構造面に着目しながら文学作品としての観点から『封神演義』を論じている。

申公豹は役割面から、また文章構造面から特異な存在であり、そこには他の登場人物とは異なった原作者の意図を読みとることができる。殷周革命という天命に逆らいながら封神榜という天命に従う申公豹は、「表の実行者」姜子牙に対する「裏の処理者」とも考えられる。また申公豹の名前だけが登場する場面が多いのは、そこに原作者の意図する方向へ話を持っていくための、役割を担っていたからではないか、と推測することができる。大雑把ではあるが、以上のように本論は申公豹を中心に検討されている。

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王 占華
従日漢機器翻訳軟件看話語的理解与再現-日中機械翻訳ソフトから見た言葉の理解と再現-

本論は日中機械翻訳ソフトによる翻訳結果の分析を通じて、人間とコンピュータの自然の言葉の理解(understanding of natural language)における異同を検討したものである。

全体は、0.引言、1.完全合格文、2.誤訳句、3.規定錯誤、4.非文、5.結語から成る。特に2に重点をおき、選詞(対応語の選択)、切分(文の区切り)、詞性(品詞)、結構関係(文節の確定)、羨余(過剰)、残缺(残欠)などの角度から誤訳の原因を分析した。同時に、機械翻訳ソフトはあくまでも今日の言語学等の研究結果を反映しているものであるという観点から、日本語と中国語の対照研究において、今の段階でまだ解明されていない部分と、まだ形式化できない部分とを提示した。

さらに、実例を挙げて、この研究の第二言語の学習と教育における意義にも言及した。

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礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(九)

本稿は『礼記正義』檀弓篇巻六、十三葉裏「穆公之母卒」章の経・注・経典釈文・正義の訳注である。経・注・釈文・正義の順で、それぞれに訓読と現代語訳(釈文は訓読のみ)を掲げた。正義を精読して訳注を施し、それに基づいて経および注を解釈した点が本稿の特徴である。

なお、次号は記念すべき第十回にあたるため、内容をさらに充実させる予定である。

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履号 (第10号/1995年/片山智行教授退官記念号)

孫 玉石
王瑶的中国文学史研究方法論断想-以《中古文学史論》為中心-
三輪 雅人
孫文の革命思想と中華革命党の問題点について
張 新民
張芸謀映画の風格の形成について
王 宜瑗
魏晋遊仙詩与詩人的精神世界
大森 良
(研究ノート)胡適の『不朽』と実験主義
三浦 國雄
片山さんを送る
小川 康子
片山先生の思い出
山口 久和
田上先生の思い出
宮崎 順子
再見!田上先生
原田 依文
香港における二言三語使用の現状及び展望
安部 悟
(研究ノート)アメリカにおける現代中国文学研究の動向
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(八)
中文研究室だより

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小畜号 (第9号/1994年)

宮田 一郎
回想の上海
大森 良
「問題と主義」論争における胡適の立脚点
緒方 賢一
(書評)王文亮著『中国聖人論』
岩本 真理
「比況短語」について
渡辺 浩司
「全相平話」のことば-『新刊全相平話武王伐紂書』篇-
川口 喜治
孟浩然詩注作品対照表
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(七)
中文研究室だより

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比号 (第8号/1993年)

朴 美子
李仁老の「和歸去來辭」について
緒方 賢一
朱子の「情」について
井澤 耕一 編
近十年王安石研究文献目録
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(六)
中文研究室だより

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師号 (第7号/1992年)

本田 濟
治学五十年
久田 麻実子
韓愈の雙關法について
朴 美子
韓国における中国文学研究-唐詩を中心に-
宮崎 順子
張載故里探訪記
玄 幸子
口語語彙資料七種総合拼音(pinyin)索引
大内田 三郎
『水滸傳』の言語-「便」について-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(五)
中文研究室だより

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訟号 (第6号/1991年)

山口 久和
規範的解釈は妥当でないか-王力の訓詁学理論によせて-
ユタ・ラル=ニュウ/木野 光司 訳
ドイツにおける中国学-ハンブルクを中心に-
渡辺 浩司 編
近代漢語研究のために
木下 洋
《劉知遠諸宮調》的語法特徴-《劉知遠》裏的「恁」形式和副詞-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(四)
中文研究室だより

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需号 (第5号/1990年)

齋藤 茂
唐詩における芍薬の形象
野崎 充彦
夢説話類型考-『太平広記』を中心に-
宮崎 順子
張載の「虚心」について
藤田 昌志
魯迅と厨川白村
浦山 あゆみ
『音韻須知』の反切改良について
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(三)
中文研究室だより

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蒙号 (第4号/1989年)

川口 喜治
高適の離別詩について
清原 文代
李賀『李憑箜篌引』について
久田 麻実子
韓愈の人間観-墓誌銘に描かれた人間を通して-
畑 いつみ
中国語の象声詞の音声的形態による分類
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(二)
中文研究室だより

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屯号 (第3号/1988年)

西川 靖二
「公」の思想-『呂氏春秋』における統一原理について-
川口 喜治
高適研究の現状と展望
黄 瑋
中国道教協会の人材育成について-北京白雲観見学記-
原瀬 隆司
《海上花列伝》の“是”について
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(一)
中文研究室だより

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坤号 (第2号/1987年)

安部 悟
『凧』について
小川 康子
蕭紅『呼蘭河伝』論
三浦 國雄
上海だより
斎藤 茂
(書評)『全唐詩重篇索引』
松浦 恒雄
(書評)『余上沅戯劇論文集』
岩本 真理
「V是-」構造について
中文研究室だより

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乾号 (第1号/1986年)

三浦 國雄
形而上の庭
安部 悟
『野草』の『雪』について
松浦 恆雄
北方昆曲の一断面
地蔵堂 貞二
《紅楼夢》のことば-《乾隆抄本百廿回紅楼夢稿》前80回を中心に-
原瀬 隆司
《海上花列伝》の“个”について

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