『中国学志』総目次 :謙号(2000年)~

号目次

臨号の表紙

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无妄号 (第25号/2010)

本田濟 著作論文一覧
西川 靖二
本田濟先生追悼
梅 家玲(豊田周子訳)
少年中国から少年台湾へ-二十世紀中国語小説における青春想像と国家言説-
廣島 直子
新中国に生きる知識人-宗璞の初期作品を中心に-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(二十三)
張 新民
上海の映画伝来とその興行状況について
馮 艶
宋代の茶詩-蘇軾を中心に-
梁 淑珉
中国語時間表現の数量構造
南 真理
エンターテイメントと政治性の結合-スパイドラマ『潜伏』-
浅田雅美・岩本真理
中国語動作動詞の研究「扯」
中国学研究室だより

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復号 (第24号/2009年)

田渕 欣也
雑劇『謝金吾詐拆清風府』について
王 傑
耿李論争から見た李卓吾思想の真相
山口 博子
樂鈞と『耳食録』-その交遊を中心に-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(二十二)
植田 均
『醒世姻縁傳』方言語彙研究-語彙整理の一方法-
清原文代・井出克子
中国語動作動詞の研究「拉」
中国学研究室だより

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剥号 (第23号/2008)

福島 正
『西漢年紀』と『資治通鑑』
王 宜瑗
梁・陳における征戦詩の新たな変化-横吹曲を中心に-
齋藤 茂
〔書評〕 于北山・于蘊生『楊万里年譜』、蕭東海『楊万里年譜』
川尻 文彦
清末の「自由」
方 紅
「僥倖」類副詞の歴史的発展
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(二十一)
森 宏子・宮畑一範
中国語動作動詞の研究「拿」
中国学研究室だより

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賁号 (第22号/2007年)

山口 久和
中国前近代知識人の都市をめぐる言説-日中比較の観点から-
豊田 周子
頼和の作品に描かれた「迷信」-小説「鬥鬧熱」「蛇先生」を中心に-
城山 拓也
穆時英の現実認識-「南北極」と「ナイトクラブの五人」を中心に-
岩本 真理
蘇州評弾についての報告
梁 淑珉
「時量」を表す“时候”について
山口 博子
〔書評〕 合山究『明清時代の女性と文学』
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(二十)
浅田雅美・岩本真理
中国語動作動詞の研究「碰・撞」
中国学研究室だより

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噬嗑号 (第21号/2006年)

丸尾 常喜
「阿Q正伝」再考-「類型」について-
南 真理
家庭倫理ドラマにおける劉慧芳式女性像
齋藤 龍一
中国南北朝時代後期~隋時代の山西省天龍山石窟における如来像の一考察
岩本 真理
中国語授業形態についての調査報告-1年生前期の授業-
史 彤春
“怪…的”と“挺…[的]”について
齋藤 茂
〔書評〕 陳尚君輯『全唐文補編』『舊五代史新修會證』
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十九)
中国語動作動詞研究会
中国語動作動詞の研究「摸・抚・抚摸」
中国学研究室だより

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観号 (第20号/2005年)

王 水照/北野 元美 訳
文話-文学批評に関わる学術的資源-
齋藤 茂
韓孟聯句の新しさ-「征蜀聯句」を中心に-
山口 博子
『螢窗異草』論-遊仙譚を中心として-
竹内 誠
『社會小説 小額』の作者をめぐって
松浦 恆雄
文明戯と夢
劉 雪飛
芥川龍之介の上海体験
森 宏子
“不知道”の文法化現象について
大岩本 幸次
『群籍玉篇』にみる金代通行の字書・韻書
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十八)
中国語動作動詞研究会
中国語動作動詞の研究「拧・扭・捻」
中国学研究室だより

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臨号 (第19号/2004年)

中原 健二
李義山「楽遊原」と宋人-「只是」をめぐって-
原瀬 隆司
蘇州語における動賓構造の“个”の指示性について
山本 範子
荒ぶる仙女 張四姐-河西宝巻『張四姐大閙東京』を中心に-
高 慧敏/井出 克子 訳
日本語の助動詞「た」と中国語の助詞“了”の対比分析
史 彤春
語気副詞“倒”の語用論的分析
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十七)
中国語動作動詞研究会
中国語動作動詞の研究「擦・抹」
中国学研究室だより

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蠱号 (第18号/2003年)

陳 尚君/韓 艶玲 訳
『二十四詩品』の真偽をめぐる論争と唐代の文献考証の方法
郭 斉勇/白井 順 訳
二十世紀新儒家再考
范 伯群/井戸 有紀 訳
鴛鴦胡蝶派の再評価について-徐枕亜、包天笑、周痩鵑の文学活動を中心に-
池平 紀子
懺悔の行法における業報と徴
北野 元美
柳宗元植物詩論-移植をめぐって-
王 標
随園を訪ねてきた人々
森 宏子
「完遂」系補語の対照比較-“~光”“~凈”“~尽”“~透”“~了”の意味論的考察-
井出 克子
AB型次元形容詞の構成について-感覚推移の角度から-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十六)
中国語動作動詞研究会(旧称「プロジェクトD」)
中国語動作動詞の研究「搓」
中国学研究室だより

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要旨

池平 紀子
懺悔の行法における業報と徴

隋代に中国で整備された仏教の懺法(懺悔の行法)において、過去の業の軽重および懺悔による滅罪の証拠を具体的に知る方法として、疑経(中国撰述経典)の『占察経』は「木輪相」なる占いを創り出し、天台智顗は夢および禅定中にあらわれる様々な「徴(しるし)」という装置を設定した。そもそも、このように自己の業の軽重や滅罪の証拠を「徴」によって知ろうとするような態度は、本来の仏典の中には見られず、これは極めて中国的な発想にもとづいたものであるといえる。本小論では、智顗の懺法における「徴」と、その発想の原点にあったと思われる中国思想における「徴」との関連に言及し、更に智顗や『占察経』を待つまでもなく、既にそれ以前の疑経(『決罪福経』・『大通方広経』)の中に同様の発想が見られることを指摘した上で、中国においてこのように業報の証拠が求められた背景について考察している。

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北野 元美
柳宗元植物詩論-移植をめぐって-

本論は中唐の詩人である柳宗元の植物詩について、従来注目されてきた彼の山水詩や、同時代の白居易や元稹といった他の詩人の植物詩との比較を通じ、彼の植物詩の特徴やその詩の持つ意味について改めて検討を加えたものである。従来その山水遊記や山水詩が最も評価され、それに対しては多方向から研究がなされてきた柳宗元であるが、植物詩に関しては日本では僅かにそれ自身をテーマとした論文が発表されてはいるものの、管見の及ぶ限りでは中国では植物詩を扱った論文は発表されておらず、十分な研究がなされているとは言えない。しかし、柳宗元は左遷地で多くの植物を身の回りに移植し、植物の移植をテーマとして詩を多数残しており、その中に描かれる彼の思いは山水詩の中で描かれるものとは違っている。筆者はこうした点を手がかりに、彼の植物詩が彼の思いを表す上で山水詩とは全く別の役割を担うものであること、またそれが彼の個性の表れの一つであることを明らかにした。

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王 標
随園を訪ねてきた人々

 本稿は、袁枚の詩友ネットワーク内で満州族の後援者や交遊者が高い比例を占めているという事実の思想的背景を究明している。『四庫全書総目提要』を基本資料として、同時代の知識人たちの文集も参考にして、内的華夷観では知識人の種族認識と政権の正統論、外的華夷観ではアジア周辺諸国と西洋諸国との両側面から異文化認識を考察し、十八世紀の清朝の臣民である漢民族知識人の「華夷の分」に関する種族認識と空間認識の変化および満州政権の政治理念の学術への浸透を論じる。また、清朝統治下における満・漢両民族の互酬的な関係を明らかにしている。

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井出 克子
AB型次元形容詞の構成について-感覚推移の角度から-

井出「五感における程度表現 ─形容詞の一側面─」(2001年度『中国学志』掲載)では、「次元形容詞」(程度を描写する形容詞)というカテゴリーを立て、それらと五感語彙との間にどのような共起関係が確認できるかについて検討を加えた。本論は、そこでの検討結果を踏まえた上で、単音節次元形容詞A・Bによって構成される二音節次元形容詞(本論では「AB型次元形容詞」と称する)における、A・Bの組み合わせに、次元形容詞と五感語彙との間に見られたような共起関係、すなわち、感覚推移による制限が確認できるかどうかについて検討を加えた。

その結果、使用頻度が高くAB型としての定着度が高いと思われるものについては、やはり感覚推移による制限を強く受けており、それぞれの描写対象がより抽象的であればあるほど、その影響力は大きいことが確認できた。

しかし、実際の使用状況を見てみると、必ずしもその制限を受けているとは限らず、特にインターネット上から採取した用例では、描写対象が具象物である場合その組み合わせの恣意性は高い。そのため、今回確認できたAB型次元形容詞は非常に豊富であり、同様の傾向は、それぞれの反義語が必ずしも1対1で対応していない点からも確認することができる。

このような組み合わせ傾向が見られる背景には、使用者の描写対象に対する認知過程や先入観など、さまざまな要因があると考えられ、今後はさらに検討範囲を広げてより詳細な検討を進めていきたい。

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隨号 (第17号/2002年)

周 裕鍇/山本 範子 訳
「尚意」から「尚味」へ-宋代詩歌解釈学の重心の変遷に関する試論-
橘 英範
白居易の詩と湘霊
韓 艷玲
類書と詩-『初学記』「事対」を中心に-
福田 知可志
女侠の物語-『夷堅志』「侠婦人」について-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十五)
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十六)
プロジェクトD
中国語動作動詞の研究「揉」

中国学研究室だより
『中國學志』が第十二回蘆北賞を受賞
授賞式

財団法人橋本循記念会が中国文学に関する学術研究に対して授与している蘆北賞の学術誌部門で、今年度の受賞対象に我が『中國學志』が選ばれ、十一月二十一日にその授与式が行われました。蘆北賞は立命館大学名誉教授であった橋本循博士の雅号「蘆北」に因む賞で、中国文学研究に於いて優れた成果を挙げた論文、学術誌、著書を表彰するものです。

今年度は岩城秀夫山口大学名誉教授、興膳宏京都国立博物館館長、清水凱夫立命館大学教授、芳村弘道立命館大学教授の四名の選考委員の先生方が審査に当たられたとのことですが、その審査結果は以下のような内容でした。

「本誌は大阪市立大学中国学コースに所属する学生・院生・卒業生・教官等をもって組織された大阪市立大学中国学会が発行する学会誌である。号数は『易経』の六十四卦名の次第に従い、乾号に始まる。本誌「投稿規定」に「中国文学・思想・語学に関する論文・書評・資料紹介等」を掲載すると示しているように、紙面の内容は誠に多彩である。掲載された論考などの時代領域も古代から近代まで幅広い。毎号、水準の高い論文が掲載されているが、このほか例えば訟号(6号)には「ドイツにおける中国学」、師号(7号)には「韓国における中国文学研究」といった海外の研究動向の紹介、近代語に関する研究文献目録、高適や王安石の論文著書目録などを収載し、中国学研究の上に有益な参考資料を提供している。また大学院の研究班による「礼記注疏檀弓篇訳注」が屯号(3号)以来、連載され、精確な研究成果も発表されている。」

『中國學志』にこのような高い評価を戴いたことは大きな喜びであります。そして、受賞に恥じないように、今後も一層紙面を充実させて、学会に少しでも寄与できるよう努力しなければならないと思います。賞金として五十万円を戴きました。これも今後の運営のための資金としたいと思っています。(会長 齋藤茂)

※職名等は当時のもの

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豫号 (第16号/2001年)

張 伯偉/福田 知可志 訳
『酒徳頌』から見た魏晋人の新酒徳観
山本 範子
日中活冥官説話に関する一考察-小野篁伝説を中心に-
緒方 賢一
葉夢得の「善行」-家訓を導きとして-
王 標
十八世紀中国知識人の華夷観-『四庫提要』を中心に-
范 紫江
『海上花列伝』の構成からみた執筆意図
井出 克子
五感における程度表現-形容詞の一側面-
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十四)
中国学研究室だより

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要旨

山本 範子
日中活冥官説話に関する一考察-小野篁伝説を中心に-

小野篁は平安時代に実在した貴族であり、従来の研究では、彼の活冥官説話は篁の剛直な性格、小野一族の性質、中国より伝来した『冥報記』の影響、の三点を中心に挙げられてきた。本論では平安時代前後における中国での活冥官説話について比較検討し、活冥官という存在が当時どのような意味合いと規定を持っていたかを明らかにし、篁説話との類似性や差異について考察する。特に一般的な活冥官は、『冥報記』も含めてほとんどが「死」もしくは「仮死」という儀式を経ないと、活冥官になることはできない。が、『朝野僉載』に記載されている活冥官・崔判官と篁は「生きたまま」人界冥界を往還する。本論では、当時日本に伝来していた『朝野僉載』が『冥報記』よりも、篁の活冥官説話に似ているという点を指摘する。また更にこの崔判官に焦点を絞り、その説話の発展と変化についても篁と比較し、『朝野僉載』の存在が篁の活冥官説話に影響を与えた可能性を示唆するものである。

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范 紫江
『海上花列伝』の構成からみた執筆意図

清末の妓女を描いた長編小説『海上花列伝』の後半部に描かれる「一笠園」部分は、これまでしばしば書き損ないの部分たいと指摘されてきた。なぜ小説の後半部に名園名士を登場させるのか。本稿はここに着目して、作者の執筆意図をさぐりたいと思う。

小説の名は「海上花」たちの列伝であるにもかからず、後半部に「名園名士」を登場させ、その「一笠園」の部分が肯定的に描かれている。「一笠園」の描写は、作者自身にとって大切で、不可欠な部分なのであるだろう。さらに作品の中で、作者は無意識的にある種の情緒に流されている。商業経済の中で生きている作者が受けてきた教育は、科挙の試験に通り、官僚の道に進むための教育であるが、本来あった理想はすべて上海の残酷な現実と衝突しただろう。これは小説を書く原動力になったのではなかろうか。

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井出 克子
五感における程度表現-形容詞の一側面-

五感を表現する場合,各感覚語彙だけでなく,“顔色深”“小声説話”の“深”“小”といった,感覚そのもの(色、音等)ではなくその程度(色の濃さ、音の大きさなど)を描写する形容詞も頻繁に用いられる。また“他的声音很冷”のような「共感覚に基づく比喩」も五感表現において欠かせない描写方法である(注)。そこで本稿では,程度を描写する形容詞を「次元形容詞」と定義した上で“大・小、高・低、重・軽、粗・細、厚・薄、深・浅、濃・淡”の7対の形容詞を取りあげ,共感覚現象との関連性を交えながら,五感との共起関係について検討を加えた。

その結果,いずれの次元形容詞とも共起しない触覚、主に“濃・淡”によって描写される味覚・嗅覚・視覚、共起する次元形容詞が最も豊富で主に“大・小”“高・低”“粗・細”によって描写される聴覚,すなわち[触覚∥味覚・嗅覚・視覚∥聴覚]と,次元形容詞の使用傾向を大きく3つに分けることができ,次元形容詞と五感との共起関係においてもやはり共感覚現象が影響していることが確認できた。

(注)詳細については以下を参照

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礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十四)

本稿は『礼記正義』檀弓篇巻六、二十一葉裏「孟献子禫」章、及び二十二葉裏「孔子既祥五日」章の経・注・経典釈文・正義の訳注である。経・注・釈文・正義の順で、それぞれに訓読と現代語訳(釈文は訓読のみ)を掲げた。正義を精読して訳注を施し、それに基づいて経および注を解釈した点が本稿の特徴である。

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謙号 (第15号/2000年)

金谷 治
私の研究生活
羅 宗強/安田 真穂 訳
袁宏道の『廣莊』と郭象の『莊子注』との関係について
王 文亮
儒教聖人論の異端児-荻生徂徠
加藤 千恵
道教神統譜と太極図
福田 知可志
『夷堅志』自序をめぐる問題点
范 紫江
中国現代文学研究の新たな動向-『中国近現代通俗文学史』国際学術討論会から-
香山 聡子
朝鮮語CALLの研究
緒方 賢一
カナダ・アメリカ「長征」参加記
礼記注疏研究班
礼記注疏檀弓篇訳注(十三)
中国学研究室だより

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